第4話 ティルの友情……?


「レイチェル。お婆ちゃんの家に行ってくれない?」


 夕食後、一緒に食器洗いをしていたソフィが、レイチェルにそう言ってくる。

 突然、どうしてお婆ちゃんのところに? レイチェルは、母の顔をジッと見る。

 昼間にハンター頭巾協会支部長のボールドが来ていた事が関係あるのか? 祖母もレイチェルに「ハンター協会に所属しておいて損はない」といつも言っていた。


(自分達では私を説得できないから、お婆ちゃんに説得させるつもりなの?)


 レイチェルはそう思ってしまい、不愉快な顔になってしまう。レイチェルは嫌な事があるとすぐに顔に出てしまうので、ソフィはレイチェルの顔を見て苦笑する。


「別にお婆ちゃんに説得させようとしているわけじゃないわよ。さっき、お父さんと話をしてね……レイチェルが嫌がっているのなら、無理にハンター頭巾を勧めないって決めたのよ。もし、レイチェルにやりたい事があるのなら、私達はそれを応援するわ。でも、お父さんが言うには、レイチェルは今は何をしたいのか決まっていないんでしょう?」

「うん」

「二代目赤ずきんの私の本音は、レイチェルに三代目を継いでほしいと思っているけど、それはレイチェルに無理やりなれとは言っていないのよ。でも、レイチェルは一度もお母さんの赤ずきんとしての仕事を見た事がないでしょう?」


 レイチェルはそれを聞いて、結局はハンター頭巾になるよう仕向けようとしているのか……と、少しガッカリした。

 そんなレイチェルを見て、ソフィは苦笑する。


「さっきも言ったけど、別にレイチェルに無理やりハンター頭巾になれとは言ってないわよ。でも、今後生きていくのに、ハンター頭巾になるのも選択肢の一つだと言っているだけ」

「……」


 そう言われても、レイチェルの心境としては複雑だった。

 選択肢の一つだとしても、自分にはオオカミ退治の才能はない。そう思い込んでいるレイチェルからすれば、ハンター頭巾は最初から選択肢から除外されていた。

 だが、レイチェルは知らなかった。

 ハンター頭巾の仕事の大半が、オオカミ退治とは関係のない仕事だという事は……。だから、オオカミを退治できなくともハンター頭巾にはなれるのだ。

 ソフィは、それも含めてハンター頭巾も選択肢の一つとして考えて欲しいと思っていた。

 ソフィ自身、ハンター頭巾だったからこそ、夫であるハンゾウと出会えたのだからと……。


「お婆ちゃんにも、『決してお婆ちゃんにはレイチェルをハンター頭巾に無理やりさせるような事はしないで』って手紙を書いておくから安心して」


 実際、レベッカは娘や孫娘にはとても甘かった。わざわざ手紙を書いてまで止めてくれという事をやるような祖母ではないので、ソフィは自身を持ってレイチェルにそう言ったのだ。


「分かった……」

「あ、明日はティルも一緒に行ってもらうからね。そうね、ヒサメも一緒に連れて行きなさい」

「ヒサメも?」

「おばあちゃんが動物が大好きって知っているでしょう? 馬車は貸し切りだから動物も乗せる事も出来るし、ちゃんと護衛のハンター頭巾も雇うから、道中は安心していいわよ」


 ソフィは安心していいと言ったが、レイチェルはあまりいい気分ではなかった。

 この町の住民は当然、この町に来たハンター頭巾は、二代目赤ずきんの娘のレイチェルが剣技しか使えない事を知っている。馬車のような逃げられない空間で、あの蔑んだ目を見せられるのは嫌だな……とげんなりしていた。

 しかし、久しぶりに祖母に会いたいという気持ちは変わらないし、ティルもいるから少しはマシだろうと思う事にした。


「うん。分かったよ。明日の為に準備してくるね……」


 そう言ってレイチェルは自分の部屋に戻る。そして、バッグに着替えや回復アイテムなどを詰め始めた。



 次の日の早朝、レイチェルはソフィに連れられ待合馬車の停留所で馬車を待っていた。


「馬車は?」

「あぁ、ハンター頭巾の二人・・が御者さんと一緒に連れてくるわよ。後一時間くらいかしらね」


 レイチェルの住むこの村からレベッカの住む町までは馬車で二日ほどかかる。馬車を貸し切るんならそれなりにお金がかかる。レイチェルの家は村の中では比較的裕福だとはいえ、馬車を貸し切る事が出来るだろうか……とレイチェルは怪訝に思う。

 事実、今回の馬車の貸し切りには支部長であるボールドが絡んでいる。

 レベッカであれば、レイチェルを説得してくれると思い込み、ソフィの提案に乗ったのだ。

 しかし、ソフィとしては支部長を利用しただけにすぎず、散々、この村に来るハンター頭巾にアドバイスなどの報酬として割り切っていた。

 護衛だって、自分の弟子であるティルがいれば本来は必要ないのだが、ソフィがレイチェルを心配してわざわざハンター頭巾協会に都合のいいハンター頭巾をピックアップして依頼したのだ。

 なんのかんの言って、ソフィもレイチェルには甘いのだ。


 ソフィとレイチェルが十分ほど待っていると、ティルも停留所にやってきた。ティルの格好は、軽鎧を着て銃を装備をしている。それに比べレイチェルは動きやすい普通の服を着ていた。腰に剣を差してはいるが、とてもじゃないが戦う格好ではない。

 ティルはそんなレイチェルの姿を見て呆れた顔をしていた。


「ティル、レイチェルをお願いね」

「はい。任せてください。絶対に守って見せます」


 ティルは笑顔でレイチェルの手を握った。

 幼馴染としてこんなに良くしてくれているティルにレイチェルは感謝していた……が、ティルがレイチェルに対し、幼馴染にして親友としての友情以上の感情を持っている事を、レイチェルは知らなかった。

 勿論、ティルはレイチェルが町に来るハンター頭巾から陰口を言われている事を知っている。そんなティルがレイチェルを悪く言う者を黙って帰すわけがなかった……。


「ソフィおばさん。護衛のハンター頭巾は大丈夫なんですか?」


 ティルがハンター頭巾を心配するなんて珍しいと思っていたレイチェルだが、ティルが心配しているのはレイチェルを馬鹿にしないかどうかだった。それを察したソフィは「大丈夫よ……ちゃんと脅してあるから」とティルに小声で話す。

 それに対しティルも「もしもの時は私がハンター頭巾を……」と物騒な事を言っていたのでソフィが慌てて「証拠は残さないようにね……」と忠告した。

 レイチェルは知りはしないが、この師弟、レイチェルに関してだけはリミッターが外れてしまっているのだ。

 

 一時間ほど待っていると、馬車が停留所にやってきた。御者台に乗っているいたのは、男女のハンター頭巾が一組。それと御者の男性だった。

 事前に脅されている男女のハンターは、ソフィの顔を見て青褪めていた。

 この二人は知らない事なのだが、オオカミ退治の実力だけ言えば、ソフィの愛弟子であるティルの方がはるかに上だ。もし、レイチェルの陰口を言えば、命すら危ういだろう……。

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