第3話

 少し興奮を覚えたランベルトだが、今ポテトを集めてしまったら、それを食べて生活をしていた人はどうなるのだろう、と考えを改める。


 比較的安価なポテトは貧民層の主食として、必須なものだった。


 それを買い漁ってしまっては不満の声が上がるだろう。

 そこをどう考えているのか、ランベルトはそれが聞きたくなっていた。


「ポテトを買い占めてしまっては困る人も出てくるのではないでしょうか?」


 しかし、ユーリはそこまで深い考えをしていない。

 悪人らしいことができればそれで良かった。

 つまり、困る人間が出ることは望むところだったのだ。

 むしろ精一杯相手を困らせる。


 ポテトすら食べられない相手にそれよりも高価なものを食べるように言ってのける気持ち良さに勝るものはない。


「ポテトがないならパンを食えばいいだけだ」


 このセリフに深い意味はない。

 ユーリ自身が悪を貫いている、という感触に浸れるセリフだ。


 しかし、ランベルトはその言葉の裏を読んでいた。何もない裏を……。


 ――そういえばポテト購入の際に破棄寸前のパンを格安で売却した、という報告も上がっていましたね。


 昔から痛みかけた食材等は困っている者に比較的安価で売ることがある。

 それにわずかな収入なので気にもしていなかった。

 しかし、保存が利くポテトの代わりにパンを買えるように敢えて売っているとしたらどうだろう?


 本来買えないようなものが買えるのだから、不満が出るはずもない。むしろ、喜んでポテトの代わりにパンを買うだろう。


 ――なるほど、これが『ポテトがないならパンを食えばいい』か。


 後ほど、王国を救い英雄扱いされた王子、ユーリを称えた書籍が発売されるのだが、そこにはまずこの出来事がかなり脚色された上で描かれることになる。


 貧しき者のために王子が配ったパンには神の如き力が宿っており、病気の者すら治癒された……と。


 ただ、これも理由があり、普段かろうじてポテトだけしか食べられなかった人たちが腹一杯パンを食べられるようになった。

 それが理由で、空腹で倒れる人間が減っただけだった。


 しかし、それが神聖化されて、ユーリを英雄として称賛される話の幕開けとして描かれていた。



 ようやくランベルトが書庫から出て行ってくれた。

 その際に「私はこれで。色々調べないといけないことができました」と言って慌てていた。

 その様子を見て、ユーリはにやり微笑んでいた。


 ――俺の威圧に恐れをなして逃げていったな。


 実際は本当に飢饉が起こるのかを調べたくなっただけだったが、ユーリにとってはランベルトが逃げていった、と言うことの方が重要だった。


 ――でも、次はなにか対策を練ってくるかもしれない。より一層悪人らしい行動を心がけないと!


 ユーリ自身も気を引き締めて、どうすれば悪人らしくなるか考える。

 まだまだ慣れていない悪人初心者のユーリ。

 それならば、形から入るべきではないだろうか、とユーリは考える。


「……まずは喋り方か」


 やはり悪人たるもの、喋り方一つで相手を威圧しなければいけない。

 それに見ただけで怯んでしまうような見た目も大事だ。

 あとは同じ悪を志す考えを持つ、絶対に裏切らない手下か。


 小柄な身長だけは、今すぐにどうすることもできない。こればかりは将来性に期待するしかないだろう。

 手下もなかなか悪人を志す人物は見つからない。自分から『俺は悪だ!』なんて言おうものなら正義に駆逐されてしまうだろう。こちらも時間をかけて探すしかない。


 ただ、喋り方や仕草は今からどうにでもできる。


 書庫でたっぷり頭を働かせた気分になったユーリは自室に戻ってきたあと、悪人らしさの特訓を始めた。


「くくくっ、俺の策にかかったな」


 姿見を見ながら、ユーリは額に手を当てるポーズを取りながら意味深に笑ってみせる。


 ――なかなか良いんじゃないだろうか? 


 セリフも前世のときに聞いたものをそのまま使ったのだが、意外と雰囲気が出たことをユーリは喜んでいた。

 ただ、それも一瞬だった。

 姿見に映っているユーリの姿。その後ろからもう一人の影が映っていた。


 朝、ユーリに朝食を運んだメイドのミーアだった。


 ――くっ、まずいところを見られた!?


 ユーリは顔をゆがめ、唇を噛みしめる。


 ――どうする? 見られた以上は消すしかない。いや、このメイドなら適当に誤魔化すことも……。


 悪に対する反応。もちろん、恐怖のあまり悲鳴を上げてくるはず。

 そうなる前に対処しないといけない。

 そんなことを考えていたユーリ。


 しかし、ミーアの反応はユーリが思っていたものと全く違うものだった。


「ユーリ様も悪になりたいのですね」



 ミーア・エルネストには弟がいた。

 ユーリよりも少し下の年齢。そんな弟と母親の三人で暮らしていた。

 弟がいるからこそ、ミーアにはユーリの行動が理解できた。


 弟がよくミーアを正義の味方に見立てて、悪役気取りにその辺で拾った木の枝で叩いてくる、いわゆる悪役ごっこをしていた。

 男の子なのだから、そういうものに憧れる時期もあるのだろう。


 そして、今のユーリの姿、間違いなく彼は悪に憧れを抱いている。

 ただ、それを隠さないといけない立場にいる。


 最近のユーリの評判がかなり良いのもそれを隠すためなのだろう。

 貧しい人にパンを配ったり、食料の無駄をなくしたり、とことん好かれる行動ばかりをしてきた。


 でも、今の姿が本当のユーリなのだと思うと、微笑ましく思え、ミーアは笑みを浮かべていた。


 もちろん、ミーアの考えは微妙にずれている。

 今までの行動も全てユーリが悪を為そうとしていたのだが、その辺りで微妙な誤解を生み出してしまう。


 そして、ユーリに思わず声をかけてしまった瞬間にまずいことをしてしまった、とミーアは唇を噛みしめる。


 相手は王子。その気になれば自分など簡単に解雇することができる人物。

 それだけに留まらず、王子には向かった罪で牢に閉じ込められるかもしれない。


 不安に思い、息を飲むミーア。

 しかし、ユーリの反応は全く違うものだった。


「くくくっ、俺『も』か」


 ユーリは楽しそうに笑っていた。

 それもそのはずで、ミーアが言ったセリフ。


『ユーリ王子も悪になりたい』


 つまり、別の人物も悪人になりたい、と思っていることに他ならなかった。

 そして、この場合だとそれはミーアのことだろう、とユーリは予測をする。

 同じ悪を志す手下を見つけられて、ユーリは嬉しく思っていた。


 まさか、悪に憧れているのがミーアの弟ことだとは、ユーリには考えが及ばなかった。


「も、申し訳ありません。変なことを言ってしまって……」

「いや、構わない。その程度のこと気にしてない。それよりもお前の名前は?」


 ミーアの名前を聞いていなかったことを思い出し、ユーリはおもむろに尋ねる。

 すると、彼女の体は一瞬強張っていた。


 ――このタイミングで名前を聞いてくるって、やっぱり何か罰を与えようとしている……ってことだよね?


 ミーアは青ざめた顔で恐る恐る答える。


「わ、私はミーア・エルネストと申します」

「ミーア……だな。わかった。追って沙汰を出す。それまで待っていてくれ」


 満足げに微笑むユーリに対して、一体自分にどんな罰が下されるのだろう、とミーアは不安で仕方なかった。



 そして、数日後。

 ミーアの元に上司であるメイド長から連絡が来る。


「ミーア、あなたにユーリ王子から沙汰があるみたいよ」


 クスクス、と貴族出身のメイドたちから笑い声が溢れる。

 それもそのはずで、今までユーリからの沙汰は全て、解雇を伝えるものだった。


 ――ついに私も解雇……。この前はユーリ王子のことを笑ってしまったもんね。当然といえば当然か。


 不敬罪すら問うことができるのに解雇で済むのならまだマシだろう、と諦めにも似たため息を吐いたミーア。


 メイド長から一枚の紙を受け取ると、ミーアは震える手つきでそれを開いていく。

 すると、そこには『ミーア・エルネストをユーリ・ライナ・ウルアースの専属メイドにする』という短い文が書かれていた。


「ふぇ!?」


 思わず驚きの声が漏れてしまう。

 そこには解雇の文字も罰の内容も書かれていなかった。

 むしろただの、平民出身のメイドであるミーアからしたら大出世。通常では考えられないほどの好待遇を与える、と書かれているのと同義だった。


「ど、どういうこと……ですか?」


 今までユーリが誰かを専属にしたことはない。

 その結果、特定の一人にお世話をされるのが嫌なのだろう、と思われていた。


 それが何の脈絡もなく、突然に指名されてしまったミーアとしては信じられない気持ちで一杯だった。


 ――もしかして、私がユーリ王子の秘密(悪人になりたいこと)を知ってしまったから?


 ユーリとしては知られたくないこと。

 それを知ってしまった自分への監視の意味合いも込めて、ということと予想してすぐに首を横に振る。


 ――それだけではないよね。私にも一緒に悪の道へ進んでほしいってことかな?


 それに、この待遇はミーア側にもメリットがある。


 まずは給金が上がる。

 平民出身であるミーアはそれほど裕福な生活をしているわけでもない。

 早くから父親を亡くしているミーアの家族は、彼女の収入もあってなんとか食べていける。だからこそ、収入が増えることは嬉しかった。


 そして、城の中でのミーアの待遇。

 王子のメイドとして働いているのは大抵が貴族の娘。

 いくら、貴族の娘がしたくない雑用や夜勤が担当とはいえ、平民メイドというのは肩身が狭かった。

 それでもお金のため、と頑張ってきたが今回の専属任命によってその立場が逆転した。


 ミーアにはユーリの後ろ盾がついたことになる。

 もし、彼女に対して何かするとそれはユーリに対して行った、ということにもなる。


 機を見るに敏な貴族の娘たちは今までの態度とは打って変わり、笑みを浮かべながらミーアにすり寄ってくる。


 ――もしかして、ユーリ王子は私が働きやすくなるように、専属に任命してくれたのかな?


 困惑しながらも、ミーアはユーリに対する感謝の気持ちを胸に抱いていた。

 そして、自分は全力でユーリが望む行動をしようと胸に秘めていた。


 まさかユーリが悪を志す手下が欲しかっただけで、それ以上深く考えていなかったことに気づくことはなかった。

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