第2話
――さっきのわがままは悪人っぽかったんじゃないだろうか。俺が贅沢するために買い占めをさせる。他人の迷惑を顧みずに。まぁ、買うのがポテトなら子供のいたずら程度だろうけどな。
ユーリは思わず笑みが溢れそうになるのを必死に堪えていた。
いい意味でも悪い意味でもとんでもないことをやってのけたのだが、当の本人は何をしたのか全く理解せずに満足げに残りの料理を食べ始めていた。
フライドポテト以外の料理も絶品だった。
柔らかく弾力のある白パン。
ナイフを使わなくても容易に噛み切れるベーコン。
口に入れただけでとろけて消えてしまうステーキ。
瑞々しく、甘みの中に程よい酸味も混じった果物。
見た目も鮮やかだが、さっぱりした味付けのマリネ。
独特の苦みや食感がなくなるようにしっかりと煮込み、甘みのあるトロトロの野菜スープ。
新鮮で味付けなしでも食べられそうなサラダ。
どれもしっかり手の込まれた料理でユーリが食べたことのあるどの料理よりも美味しかった。
――少し冷めているのが残念だが。あとは量が多すぎるな。これだと、すぐに太ってしまいそうだ。それはそれで悪人に見えなくもないが。
もちろん冷めた理由はポテトの買い占めさせる指示を出していたからだ。
しかし、ユーリはそれを勝手に元から冷めていたもの、と脳内変換していた。
それと太るのはユーリ自身が嫌だったので、早々に却下していた。
◇
食事を終えるとミーアが皿を片付けて慌てて出て行った。
その際にユーリはミーアに「次からは量をもっと減らしてくれ」と伝える。
すると、ミーアは突然声をかけられたことに驚き、何度も頷いたあと、大慌てで部屋を出て行った。
そのあと、少ししたら部屋の外から何かが割れるような甲高い音が響いてきた。
おそらくミーアが皿を割ってしまったのだろう、とユーリは予測する。
ただ、音のことは気にせずに、ユーリは改めて自分の置かれている状況を確認することにした。
わかっていることはユーリという名前と王子であること。
あまりにもものがわかっていない状況。
この国の状況や規模、あとは信頼に足る……いや、有効活用できる人間の把握等は必須だった。
そのためには城の中を見て回る必要があった。
もちろん、ユーリはこの国のために何かしようとは考えていない。
いかに自分の役に立つか、そのことだけを考えていた。
――ここが城だというのなら、どこかに書庫があるはずだ。そこならこの国のことや周りの国のこととかがわかるんじゃないだろうか?
敵を知り自分を知ることで、ようやく確実に悪行を為せるというものなのだから、と意気揚々と書庫へと向かっていく。
そこで(善政的には)最高の忠臣にして、(悪行的には)最悪の逆臣と出会うとは夢にも思っていなかった。
◇
ウルアース王国。それがユーリのいる王国の名前だった。
国を統治しているのは国王だが、当然ながら一人で全てを見られるわけではない。
そんな王を支える部門省がいくつかあった。
兵を束ねる軍部、
機密書類等をまとめる尚書部、
金銭や政治の補佐を行う、
開拓や土木業を担当する、
外交を補佐する、
影で動く暗部、
魔法の属性を意識して付けられた名称である。
そして、風税省に勤めていたランベルト・バインツは王国の支出がまとめられた支出録を見て、ため息を吐いていた。
元々ランベルトは弱小貴族の嫡男だった。
ただ、三男であったこともあり、爵位を継ぐこともないので、城勤めをしていたのだ。
白銀の髪。細身ながら背丈は高く、眼鏡をかけた顔立ちは知的に見え、整った顔立ちから女性人気も高かった。
ただ、いかんせん本人にその気がないのと、理路整然とした話し方が堅く見え、また、本人も義に厚く悪を憎むその考えを持っており、進んで彼に近づいてこようとしてくる人はいなかった。
――ユーリ王子、こんなに無駄遣いをして。大量にポテトを購入? どう考えても腐るだけじゃないですか。血税の無駄遣いにもほどがありますよ。
大陸最強の国家であるウルアース王国。とはいえ、金が無限にあるわけではない。
むしろ自国の生産力はあまり強くなく、他国から購入することが多いので、溜め込んでいる金は減る一方だった。
これも強力な力を持っているが故の弊害だった。
そんなこともわからないのか、とランベルトは頭を抱えていた。
いつ財政が傾くかわからない。
どこかで手を打たないと、この王国は駄目になってしまう。
ただし、弱小貴族。
しかも爵位を受け継ぐ立場にないランベルトの言葉を貴族たちはまともに取り合ってくれない。
そんな焦燥感の中、それでもなんとかこの国のために働いていたランベルトだが、そこで王国にとどめを刺しかねないユーリのわがまま。
さすがに考え直してもらわないと、いずれは王国が滅びてしまうかもしれない。
その説得のために『この王国の財政をまとめた書類』『王子が一日に食べるポテトの量』『購入してるポテトがどのくらいの人を食べさせていけるのか』『腐らせて駄目になるポテトの量』、その他に説得に必要になりそうな書類をかき集めたあと、ランベルトはユーリに会いに行く。
そして、書庫にてたくさんの書物を読み上げて物憂いているユーリを発見する。
◇
書庫でこの国の内情を調べようとすればするほど、ユーリはため息が吐きたくなってくる。
――さすがに何から手を付けたら良いかわからないな。
一応この王国名と城の中にある部門省の名前くらいはわかったがそこまでだった。
元々ユーリは平民。政治に携わることなんて一度もない。
そもそも読み書きもかろうじてできるほどで、一冊の本を読み上げるのも一苦労だった。
そんな状態でこの国の事情もなかった。
――誰かが簡潔に三十文字くらいでまとめてくれたら良いのに。
そんなできもしないことを考えていると、突然若い青年から声をかけられる。
ただ、その眉間には皺が寄っており、時折軽く眼鏡を上げている様子から、ユーリには怒っているようにしか見えなかった。
「ユーリ王子、お時間よろしいでしょうか?」
ユーリに対して怒った態度を取る相手。
ユーリが王子という立場であることを考えたら、機嫌を損ねたら辺境に飛ばされたり、不敬罪に問われたり、されかねないと知っての行動。
おそらくはどんな悪も許せないような正義を志した人物なのだろう、とユーリはランベルトのことを勝手に評価する。
――つまり、悪人を目指す俺の敵か。
本音では相手にしたくなかったが、よく見ればランベルトは風税省の証たる紋様が入った服を着ている。
何か重要な報告かもしれない。例えば賄賂の報告とか、税を上げる相談とか。
そんな淡い期待を持ちながらも、ユーリは少し鋭い視線を向ける。
「何だ? 見ての通り俺は忙しいのだが?」
――良い報告なら良いが、それ以外ならどこかに行ってくれ。
そんな気持ちを込めながらユーリは答えていた。
しかし、その希望は届かずにランベルトは向かいの席に座り、本の一つを手に取る。
「これは……王国で育つ作物についての本ですか?」
「あぁ、そうだがそれがどうかしたか?」
「いえ、無駄遣いでポテトを大量に買われた方が読む本ではないかと思いまして……」
辛辣な言葉をかけてくる。
その際に眼鏡をクイッと上げてくるのが憎らしい。
しかし、その程度のことで腹を立てるユーリではなかった。
「俺の金で何を買おうが勝手だろう?」
「確かにそうですね。ですが、少々問題がありまして……。こちらの資料をご覧いただけますか?」
ランベルトがたくさんの数字が書かれた紙を見せてくる。
正直、ユーリは文字が読めるだけで、ずっと文字の羅列を見ていると頭が痛くなる。
一応書いてあるものを読んだらフリをする。
たまに頷いたり、「なるほどな」とか意味深な言葉を吐いてみたり……、真面目に読んでるように見せているのは、全てはランベルトを追い返すためだ。
多分ランベルトはこれを読むまでこの場から去ってくれないだろう、とユーリは予測していた。
ただ、ランベルト自身もちゃんと読んでもらえるとは思っていなくて、すぐに破り捨てられるかもしれないと思っていた。
だからこそ驚きの表情を浮かべていた。
「だいたいお前の言いたいことはわかった」
理解したようなそぶりを見せているが、実際ユーリは「たくさん文字が書かれてるな……」くらいの認識しか持っていなかった。
でも、こんな面倒でややこしいことはわかったフリをしておけばいい。
あとはランベルトが勝手にしてくれるだろう。
――むしろ仕事を押しつけてやるから多忙で困ってしまえ。
ユーリは鋭い視線をランベルトに向ける。
「全てわかった上で決めたことだ。反論は許さない。話はそれだけだな」
キッパリと言い切って、それ以上は聞く耳を持たないという感じにランベルトから背を向ける。
ただ、ランベルトは別の考えに至っていた。
――まさか先ほどの資料を全て把握した上で、あのポテトの大量購入を行っていたのか。しかし、下手をすれば破棄する必要があるレベルの量、まず必要にはならない。何か事情があるのか?
ランベルトは真剣に頭を働かせ、大量に食料が必要になる状況を思い返す。
そして、一つ心当たりが浮かぶ。
世界中が大飢饉に襲われて、国内にほとんど食料がなくなる状況。
一気に作物の費用が跳ね上がり、まともに買えなくなる状況に襲われるのなら、確かに大量の食料が必要になる。
しかもユーリが購入しているのは、比較的値段の安いポテト。
ただ、値段の割に腹持ちが良く、主食としても食べられる。
――まさか、何か飢饉が起きる兆候があるのか!? だからこそユーリ王子はわがままのフリをして大量のポテトを購入したのか。
実際はただのわがままだったのだが、深読みしすぎたランベルトは、もう将来的に飢饉が起きるとしか思えなくなっていた。
違うならそれで構わない。むしろ本当に起こったらそれは国家の危機だった。
そして、そこまでの予想をしたユーリのことをランベルトは畏怖の念すら覚えていた。
ただ、当のユーリは「早くこの男、どこかへ行ってくれないかな」ということでいっぱいだった。
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