11-2 よろしく
◆
両親は一週間ほど滞在して、びっくりすることに二人はそれぞれに百体もの式神を運用することで、あっという間に屋敷を再建した。
私は毎日、魔術師学校へ通っているので、帰ってくるたびに、朝とは別の形になっている屋敷に、驚いたというか、呆れてしまった。
お父さんは夕食の度に酔い潰され、朝食を食べられない。
お母さんは調子に乗って、朝から酒盛りをして、休まずに飲酒しているらしい。
なんか、でたらめな家庭だけど、これが私の家族だ。やや恥ずかしいことに。
二人は屋敷が復旧すると、仕事をしなくちゃね、と異口同音に宣言し、去っていった。
去り際に、私を抱きしめてくれたのが、何か、変に感傷的な気分にさせたけど。
シナークはなかなか目覚めなくて、エマが昼間は面倒を見てくれる。
その日はいつも通りに魔術師学校にいて、昼食をカリニアとミーシャと食べていた。
二人にはアルカジークの話はしていない。二人にもしものことがあれば、あのドラゴンは、きっと私にしたように二人を助けるんだろう。
そう、アルカジークはあの一件以来、一度も私にメッセージをよこさないわけで、見守ってはいるんだろうけど、コミュニケーションは不要、ってことなのかな。
で、お昼ご飯を食べていたんだけど、私の意識に魔術通信が送られてきた。
反射的に立ち上がり、危うくお弁当をひっくり返しそうになった。カリニアとミーシャが驚きを隠せずにこちらを見ている。
「ど、どうしたの? 火花」
私は素早くお弁当箱を片付け、「先生には欠席するって伝えといて」と言い置いて、荷物を抱えて走り出した。
一番近いドアを、魔術通路で屋敷とつなぐ。
飛び込んだ先は、そのままシナークの部屋だ。
彼はベッドの上で上体を起こしていて、私が飛び込むと、びっくりした顔でこちらを見た。
私はただ立ち尽くして、彼を見ていた。
「火花、今、何時だ? というか、何日?」
呼吸を整えて、私は彼に日付を教えた。
「一週間以上過ぎているのか。それはさすがに、眠りすぎたな」
苦笑いするシナークの横に、椅子を引っ張っていき、腰掛ける。
「大丈夫? どこか具合は悪くない?」
「さすがに一週間も寝てれば、大概は治るさ。それに、ラミアス先生の魔術構造式は、完璧だった」
ホッとして、私は天を仰いでしまった。
シナークは暗殺者のその後について訊いてきたけど、私にもよくわからない。
お父さんとお母さんが去る前に教えてくれた情報では、彼らは「アサシン・グレイヴ」と名乗る集団で、暗殺者殺しを生業とする組織らしい。全体像は不明で、何やら魔術学会の一部にも関係があるとか。
「それでも、ここは安全らしいよ。私の両親が言うにはね」
それなら信用できるな、とかすかにシナークも安堵の気配を漏らした。
「お昼ご飯の時間だけど、何か用意させるね」
私は席を立って、部屋を出て行こうとした。
「火花」
声をかけられ、振り返ると、シナークが真面目な顔で頭を下げた。
「助けてくれて、ありがとう。俺は、迷惑ばかりかけている」
「気にしないで」
他に何か、言えるかな。
「いつか、何かの形で返してくれれば良いよ」
「俺には返せるものは何もないよ」
「そのうち、何か、手に入ると思うけどね」
ドアを開けようとすると、そのドアがノックされる。ドアの向こうでエマが料理を運んできたことを告げる。
もう一度、シナークを振り返る私に、彼は小さく笑った。
エマの料理をシナークは不調を感じさせない動きで口に運び、それだけでも私は安心した。
食事の後、今後についての話になった。
「これは私の願望だけど」
実は前から考えていたことを、私は口にした。
「魔術師学校に通ってみない?」
「それは無理だと思うな」即座にシナークが応じる。「俺は勉強なんてほとんどしていないし、魔術師としての素質もない。それにこの年で、初等科に入るんじゃ、かっこ悪い」
実際には在野の魔術師が才能を見出されて、例えば二十歳なのに初等科から始めたり、あるいはどこか途中に編入することもある。
しかしさすがに、シナークが編入できるほど、甘くもないのだ。
「今の質問はブラフよ。初等科からでもやりたい、と言い出したら、そう手配するつもりだったけど」
「ブラフ? 本筋はなんだ?」
疑り深げなシナークに私ははっきりと答えた。
「魔術師学校で、助手をやるのよ」
「助手? 誰のだ?」
「ラミアス先生以外にいないじゃない」
おいおい、とさすがにシナークも慌て出す。
「先生とは話が付いているわ。身の回りの仕事や雑事をする相棒が欲しいってね。お給料も出すっていうし、場合によっては住む場所も、つまり安全も、確保するって」
あまりよく知らないんだがな、とシナークが呟く。
結局、その時は答えが出なかった。シナークが、少し考えるよ、といったからだ。
話はシナークの仲間の話になり、どうやら連絡を取りたいらしいが、暗殺者、アサシン・グレイヴに居場所を探知されたことを考えると、また仲間に迷惑になるかもしれない、とシナークは口にした。
それに対して、私は明日にはどうにかなるようにすると伝えておいた。お母さんの腕なら、なんとかなると思った。
時刻は夕方になり、エマが私の分の食事を運んできたので、雑談をしながら夕食になる。
食べ終わって、シナークはもう少し休むと横になり、私も自分の部屋に引き上げた。
そこでお母さんに連絡を取り、シナークと彼の仲間に通信をさせたい、というと、やっかいねぇ、と言いながら、お母さんは魔術通信の特殊な経路を教えてくれた。
あっという間に夜が明ける。
朝食になり食堂へ行くと、先にシナークが席に着いて待っていた。
「もうそこまで回復したの? 大丈夫?」
「少しくらい動かないと、体が動かなくなりそうでね」
そんなものかなぁ、と言いながら私も席に座り、二人で声を合わせてから、食事が始まる。
食後に、私はお母さんから教えられた通信経路をシナークに伝えた。部屋に帰ってから連絡を取るかと思ったが、その場でシナークは通信を始めた。
しかも、お互いの音声を公開してだ。
私は黙って、シナークと、博士と呼ばれている男性が会話するのを聞いていた。
お互いの無事を確認し、喜び合っている。
不意に、シナークは本当は彼らの元へ行きたいんだろうと、私は気づいてしまった。
そして、シナークがその感情を押し殺して、なかった事にしようとしている事にも。
通信の最後で、シナークは、魔術師学校で働くつもりだ、と口にした。それを聞いて私は胸が痛んだけど、ぐっとこらえた。
博士は、少しは世界を知りなさい、と応じていた。
通信が終わり、シナークが私をまっすぐに見る。
いつになく、穏やかな顔だ。
「というわけで、火花、もう少し、世話になるよ」
「うん、まぁ」
なんて言えばいいのやら。
「よろしく、シナーク」
「こちらこそ、よろしく頼む、火花」
私たちはどちらも言葉を失って、同時にお茶の入ったマグカップを手に取った。
視線を外してお茶を飲む私たちを、かすかに嬉しそうに、エマが離れて見ている。
私たちは不意に視線を合わせ、しかしやっぱり外して、また合わせた。
私は思わず笑っている。
シナークも、口角が少しだけ上がった。
窓の向こうで、鳥が羽ばたく音が、小さく鳴った。
(第11話 了)
(完)
二人の魔術師のプロローグ 和泉茉樹 @idumimaki
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