6-4 責任
◆
私は順番にシナークに起こったことを、ひとつずつ説明した。
彼は落ち着いて話を聞いていて、どうやら、ドラゴンに手のひらを向けられたところまでは覚えているけど、あとはまったく意識がなかったようだ。
「俺の魔術構造式を、焼いた?」
そこは私でも説明に困ったけど、責任も私にあれば、実際にそうしたのも私だ。
「どこから話せばいいか」思わず顎に指を当てていた。「赤羽家の血筋に宿る、特別な力があるの。まぁ、魔術の一つの特質、ということだけど」
それはなんだ? と声にはない疑問を含んだ視線が向けられる。
「赤羽家に伝わる魔術で、通称は「焼却魔術」と呼ばれているのよ。それは火炎を操る魔術に見えるんだけど、実際には、対象の魔力を食い尽くす炎、というか」
「魔術を消すということか? 魔術破壊魔術と、どう違う?」
「うーん」
そこはうまく説明できない。どうにか言葉を頭の中で探す。
「魔術破壊魔術は、魔力自体には干渉しないでしょ? つまり、魔術構造式を破壊するわけで、そのやり方は魔術構造式をぶつけたり、もっと乱暴なら魔力を強引に流し込んで、魔術構造式を決壊させる、という手法もあるわ。でも、赤羽に伝わる魔術は、魔力自体を飲み込むのよ」
「わからないな。魔術構造式が残っていれば、魔力が回復すれば、また魔術が回復するはずだ」
「だからね、魔術構造式を構築する魔力さえも飲み干して、その火炎を受けると、また一から魔術構造式を構築しないといけない、となるわね。もっと言えば、構築するべき魔力の経路が焼き切られてしまうのだけど」
シナークは何かを考えているようだけど、黙ってしまった。
私が操る焼却魔術は、加減すれば魔力を食い尽くすだけにもできる。以前のドラゴンを助けた時の九頭龍の陣がその手法だった。
あの時もだけど、やろうと思えば私の炎はそれを浴びた魔術師の内部に浸透し、その肉体はもちろん、意識内にある魔術構造式さえも破壊できるのだ。
でもそれは秘中の秘だとお父さんにも念を押されている。お爺様に至っては、私にその技を仕込んだお父さんに、火花には十年早い、とまで言っていた。
こうしてシナークに具体的に話すこと自体が、異例で、私のこの秘密、言ってしまえば赤羽家の奥義を知っているのは、一族の人間か、ラミアス先生、あとは付き合いの長いカリニアとミーシャ、他数人に過ぎない。
一二九家系には何かしらの特殊性があって、そのはずなのにほとんど全ての家系がそれを明かしていない。魔術学会には記録があるっていう噂だけど、まさか一般の魔術師に公開するわけもなく、やっぱりわからないのだ。
それくらい、私の焼却魔術は、特殊だということになる。
「俺は……」
シナークが自分の掌を見る。手の甲、そして手のひらにも、黒い筋が浮かび上がっている。
「魔術を失った、というわけか」
まあ、と思わず声にするけど、その後に、どう続ければいいだろう?
「まあ……まあ、生きているから、問題ないでしょ」
のろのろとシナークがこちらを見る。
今までで一番、何を考えているかわからない表情だった。
私に絶対的な殺意を向けるのでもなく、こちらに皮肉を向ける時の雰囲気でもない表情。
でも無でもない。
何て表現すればいいんだろう。いや、それはゆっくり考えればいい。
「私の方でも知り合いを当たってみるけど、どうする?」
「どうする、とは?」
「いや」
言い淀む私に、やっとシナークは瞳にわずかに意志の光を覗かせた。
「その、仲間がいるんでしょ? 「独立派」の、あんたの家族みたいな魔術師が。そこに送り出そうか?」
「そのことか……」
そう言ったきり、またシナークは黙ってしまう。
私は念を押そうとしたけど、タイミング悪く、ドアがノックされる。
ドアの向こうからエマが、朝食をお持ちしました、と声をかけてくる。私がここにいるって、知っているだろうに。
でも、シナークにも考える時間が必要だろうと考えて、私は席を立った。
「ここで朝ごはんにしてね。私は学校に行かなくちゃ。ゆっくり休むのよ」
「まるで姉さん気取りだな」
え? と振り返ると、シナークは珍しく、顔を歪めていたが、それも一瞬で、無理やりに作った無表情で「行けよ」と声が向けられる。
ドアを開けると、エマがカートに朝食を乗せて廊下にいた。メニューはまるで病院食だ。さすがに高性能な式神だなぁ。タイミングは悪いけど。
「必要なようなら、助けてあげて。でも、自分でやりたいようなら、任せるのよ」
そう声をかけると、存じております、とエマは頭を下げる。
私は気分を切り替えるために、タオル一式を手にしてお風呂に向かい、全身を素早く洗い、湯船に浸かった。
姉さん気取り、ね。
ちょっと優しくしすぎたかなぁ。
無意識にお湯の中に顎を沈め、口まで沈め、ぶくぶくと口から息を吐いてみたりする。
さすがに彼が死にかかって、私も平常心ではいられないのかも。一晩が経った今でも。ほんの短い付き合いの相手でも。
魔術構造式を起動して、いつものように湯温を上昇させて、汗が流れるのに任せる。
って、今、何時だ? 徹夜でお腹も空いたし、さすがに朝食は食べなくちゃ。
急いでお風呂から出ると、廊下でエマが待ち構えていた。手には大きな包みを二つ、持っている。
「もう朝食を召し上がるお時間はございません。授業の前と、お昼休みに、どうぞ」
早弁って、かっこ悪いけど、背に腹は変えられない、かな。
包みを受け取って、自分の部屋へ急ぐ。今日はいつもの魔術通路の遊びをしている暇もない。
部屋でさっさと着替えて、姿見で制服の乱れのないのを確認。二つのお弁当箱がものすごくかさ張るけど、もうどうとでもなれ。
念のためにもう一度、姿見を見る。
目の下にクマがある気もするけど、他はいつも通りだ。
ドアに駆け寄り、ドアノブを捻る。
開かれた先は魔術通路で繋がれた、魔術師学校の廊下だった。
しゃきっとしなきゃ、こういう時こそ、しゃきっと!
後手にドアを閉めた途端、お腹が盛大にグゥッと鳴り、思わずそばに生徒がいないか確認したけど、幸運にもいなかった。
ホッとしつつ、気を引き締める。
しゃきっと! しゃきっとだよ!
澄ました顔で、私は教室に向かって歩き出した。
(第6話 了)
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