4-2 竜を討伐する男たち

     ◆


 ドラゴン討伐の予定日になり、いつも通りのお昼休みの後、私たちはゼミの教室で、今日も浮遊しているラミアス先生を見上げた。

「じゃ、空間転移魔術で、現場まで運ぶから、あとは臨機応変にやっておくれ。僕は君たちを見守っているからね」

 ちょっと気色悪いことを言われて、反論しようとした時には、唐突に気色が一変した。

 すり鉢状の教室から、周囲は草原に変わっていた。

「すごい転移魔術ですね」

 自分の体を確認しながら、カリニアが感嘆の声を上げる。私も心の中では驚いていた。びっくりするほど、切れ味のいい転移魔術だ。

「でもドラゴンはいないわね」

 ミーシャが周囲を眺め、んん? とどこか遠くを見る。

 草原は果てしなく広がっていて、彼女が見ている方を、私も見た。

 何かがこちらへ高速で飛んでくる。時折、何か光が瞬いている。

 っていうか、建物のような巨大な存在で、それがどんどんこちらへ近づいてきて、高度が落ちている。

「行きましょう!」

 私の声と同時に、三人がそれぞれ、自分の特性を生かした飛行魔術で宙に浮き、滑空を開始。

 巨大な何かは真っ赤な鱗で全身が覆われたドラゴンだった。

 だけど、攻撃を受けている。攻撃しているのは魔術師だ。彼らも空を飛んでいる。

 私たちは中等科で習う空中戦闘の基礎隊形を組んで、ドラゴンのすぐそばを飛んですり抜けた。至近距離で見ると、ドラゴンの年齢は若いとはいえ百歳を超えているだろうけど、全身のそこここに深手を負っている。

「きゃっ!」

 ドラゴンの周囲を飛び回る魔術師から放たれた雷撃が、カリニアを掠める。

 離れよう、と言う間もなく、グンとドラゴンが深い角度で落下を始める。

 まずいと思った時には、ドラゴンの巨大な翼の片方が、地面にぶつかる。そこから崩れるようにドラゴンの十メートルを超える巨体が墜落し、吹き飛ばされた地面が、真っ暗な波となって、私たちの方へ押し寄せてくる。

「密集して!」

 私が言うより早く、カリニアもミーシャも私のすぐそばへ来ている。

 私の魔力が意識内の魔術構造式で増幅され、炎へと変換、渦巻く火炎が吹き荒れる。

 その火炎の特性を与えられた魔術障壁が、波濤となった大量の土砂をかき分け、激しい熱波の中心で、私たち三人は無事に空中に留まった。

 盛大な土煙が落ち着いた、抉れた地面の中心で、半ばまで土にめり込んでいるドラゴンは、ピクリとも動かない。

「お、降りましょうか……」

 カリニアの言葉に、私とミーシャも頷き、地面へ降り立つ。掘り返されてから地面に落ちた土の層は柔らかい。場所を選んで、どうにか大地を踏みしめる。

 と、頭上を魔術師が飛行していく。全員で、五人か。

 五人ともが装備しているのは、魔術と工学を組み合わせたグライダーだ。鳥の羽のように見えるものを背負っていて、魔力の放射で自在に、そして高速で、長距離を飛べる装備だ。カタログで見たことがある。

 五人のうちの二人が降りてくる。

 着地すると同時に、グライダーの翼が自動で折り畳まれた。

「その制服は魔術師学校の生徒だな?」

 先を進んでくるのはサングラスをかけた男で、年齢不詳。後方に控えるのは若い男で、片手に剣を抜いている。こちらは三人とも、まだ腰の剣を抜いてさえいない。

 私は一歩前に出て、堂々と応じた。

「そちらはどなたかしら。竜追跡者、には見えないけど?」

 ドラゴンに関する研究者を、俗にドラゴン・トレイラーとか竜追跡者と呼ぶのだ。

 魔術師の職業の中でも花形の一つだが、危険も多く、毎年、かなりの数の魔術師が様々な理由で命を落とす職業でもある。

 サングラスの男が、肩をすくめる。

「こちらははぐれ魔術師でね、ドラゴンの体は高く売れるのは知っているな? そこに墜落したドラゴンは、賢竜派から討伐許可が下りている。譲ってもらえるかな、お嬢さん方」

 私はちらっと背後を見る。

 ドラゴンはまだ呼吸しているが、動けなさそうだ。

「仲間と相談してもいいかしら?」

「相談する時間はないな、俺たちの仕事の邪魔をすると、ただじゃ済まないぜ、学生さん」

 あらら、舐められたものね。

 私は姿勢を変えた。

 腰の剣を抜く姿勢。サングラスの男もさっと剣の柄に手を置いた。その背後の男は既に剣を構えている。

「ミーシャ!」

 私が叫ぶと同時に、背後で魔力が活性化される気配、と、ほとんど同時に、私のすぐ横を水平に雷撃が走る。

 それに対して、サングラスの男が剣を抜き放つと、雷撃自体が弾けて消えてしまう。魔術破壊魔術、恐ろしく正確だ。

 力量はこちらと同等で、しかし相手は五人で、私たちは三人だ。

 雷撃が連続して放たれる中、私とカリニアは後退。ミーシャが身の丈ほどもある弓を手にしているのが視界に入る。あれは魔力を物質化させた弓で、彼女の得意な魔術の一つだ。次々と雷撃の矢が放たれ、サングラスの男ともう一人がそれぞれ鋭い風と雷撃を操り、弾き返している。

 カリニアを中心に、魔術が立ち上がる気配。

 急に周囲が凍える寒さになり、地面が凍りつく。

 氷が生まれ、地面が覆われ、さらに霜が生まれるように氷が巨大化、壁のように屹立していく。

 その氷の壁は、ドラゴンを囲むように出来上がっていた。

「反抗派のドラゴンを助ける道理がないぞ!」

 サングラスの男が怒鳴ってくるのに、私は目を閉じ、魔力を練り上げながら、静かに応じる。

「道理も何も、私たちは私たちのやり方をする」

 舌打ちの後、「博士、押しつぶそう」と、サングラスの男にもう一人の男が声をかける。

 博士と呼ばれた男が手を振ると、頭上を飛んでいたグライダーが、一斉に急降下してくる。

 そんなの織り込み済みよ!

 私は両手を一度に頭上へ振り上げた。

 何もない空中から無数の火花が上がり、まるで火炎の雨が地から天へ、逆に向かって降り注ぐような世界が、出来上がった。

 グライダーの一つが炎に飲み込まれ、それを切り離した魔術師が、空中に浮遊するも、すぐに火炎に取り巻かれる。振りほどこうとするが、それができないのが、この魔術だ。

 もう一つ、グライダーが炎を上げ、残った一つは距離をとって離脱していく。

「炎の雨? まさか……」

 サングラスの男が呟くのをよそに、私は次の段階へ魔術を進ませる。

 炎の粒が滞留し、今や雲のように立ち込めている巨大な炎の塊が、蛇のようにのたくり、それが九つの頭を持つ、伝説の上では九頭龍と呼ばれる魔獣の形になる。

「やはり、「九頭龍の陣」か!」

 事態に気付いて、博士と呼ばれた男が後退。

 でももう、逃れることはできない。

 加減はするけどね。

 私が振り上げたままだった手を振り下ろすと、巨大な炎の魔獣が地面に突っ込み、周囲一帯を火炎で焼き払った。

 焼き払ったけど、火炎が消えてみれば、全員が普通の姿でそこにいる。

 ただし、カリニアが構築した氷の城壁は消え去っているし、ミーシャの手からも弓が消えている。

 グラグラっとバランスを失い、逃げていた一機のグライダーが墜落するのが遠くに見えた。

 ただ、私の炎に取り巻かれていた二人の男の炎そのものも消えている。

「凄まじいな」

 そう言ったのはサングラスの男で、もちろん、彼も無事だ。手首のあたりで額の汗をぬぐっている。

「一二九家系の中でも特殊な炎を操るのは、赤羽の血筋か?」

「私が奥の手を見せたんだから」私はわざと可愛らしさをイメージして首をかしげて見せる。「この場は退いてもらえないかしら?」

「お前が、赤羽家の次期当主、通り名は「劫火」と呼ばれる娘なのか」

 不思議な質問だから、念のためにそうとも違うとも言わず、私は黙っていた。

 サングラスの男の仲間が剣を構えて進み出るのを、さっと手を伸ばして止めたのは、当のサングラスの男だ。

「相手は天才だ。俺たちには逃げるしか手はないよ」

「しかし、博士……!」

「負ける戦いをするのは、俺たちの流儀じゃない。引くぞ、黒豹」

 黒豹と呼ばれた男が悔しそうな顔をして、乱暴に剣を鞘に戻した。

 そのまま仲間を連れて、徒歩で去っていく。

 彼らが十分に離れてから、私はカリニアとミーシャを振り返った。

「大丈夫? 二人とも」

 カリニアがコクコクと頷く横で、ミーシャが肩をすくめる。

「魔力がすっからかんで、不安しかないね」

 ごめんね、と謝りつつ、私たちはやっと、動かないドラゴンをしっかりと見ることができた。

 見ている前で、真っ赤な鱗が、そこここで崩壊を始めた。



(続く)

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