2-3 友人と講師
◆
金髪で童顔の女子がニコニコと私を迎えてくれる。
「遅いじゃないの、火花ちゃん。どこかに寄り道した?」
「図書室にね。ごめん、ごめん」
彼女、カリニア・カリフォニアが場所を作って、三人で車座になる。
サンドイッチを既に食べているメガネの小柄な女子、ミーシャ・ロスが首を傾げる。
「図書室で何していたの?」
「気になることがあってね。まぁ、あまり収穫もなかったし、無駄足だったかな。お腹空いちゃった」
私は膝の上でお弁当箱を広げる。そこへさっとカリニアとミーシャが視線を向けてくる。
「私のポテトフライとその玉子焼き、交換して」
「私はこのフルーツサンドと、その唐揚げ」
はいはい、と私は二人にそれぞれ玉子焼き二つと、唐揚げ二つを提供する。実は私はかなり食べる必要があるので、お弁当箱自体が大きい。それに私の食欲のことを二人もよく知っている。
ガツガツと混ぜご飯を食べる私に、ねえねえ、とカリニアが話し始める。
「私たちも無事に進級できたし、また火花ちゃんの家でお泊り会しようよ」
「良いかもねぇ」
私はそう応じつつ、前のお泊まり会を思い出した。
あれは半年くらい前で、カリニアとミーシャは進級試験のための猛勉強を始める寸前で、言ってみれば決起集会のような雰囲気だったなぁ。
カリニアは初等科から中等科に上がる時に一年、留年していて、今年、私とミーシャが十六歳になるのに対し、彼女は十七歳になることになる。
でも見た目では、彼女が一番幼い。
「火花ちゃんの都合に合わせるから、いつがダメとか、ある?」
そうカリニアに言われて、いつでも良いよ、と危うく答えかけて、ぐっと飲み込んだ。
「実は今、お客が泊まりに来てるのよ」
「え!」
声を上げたのはミーシャで、危うく手からサンドイッチを落としそうになっている。カリニアも目をまん丸くしていた。
「だって、あのお屋敷には火花しかいないじゃない」ミーシャがわずかに目を細める。「私たちも知っている人? それともご両親の関係?」
いやぁ、まぁ、などと言って時間稼ぎするけど、良い言い訳が浮かばない。
「女の人? それとも、その、男の人?」
自分で言いながら、カリニアがわずかに頬を赤らめている。
困ったなぁ。
「ちょっとした友達みたいなもので、二人は知らない相手だけど、別に不安とか心配とかはなくて……、でも二人には会わせづらいというか、会っても問題しかないというか」
「やっぱり男性なんだぁ」
もじもじしながら、カリニアがそんなことを言う一方で、ミーシャは冷ややかな視線になっている。なんていうか、この二人には敵わないな。
「大丈夫、大丈夫、私の実力は知ってるでしょ? 生半可な男なんて、あっという間に消し炭よ。それも有無を言わさずにね。風呂のを覗かれたり、下着姿を見られたら、もう、一瞬で消し飛ばすから。そういう私だって知っているでしょ? ね? ね?」
無理やりそれだけ言ってからは、美味しいフルーツサンドだなぁ、美味しいポテトフライだなぁ、と言いつつ、ポテトフライを食べ、フルーツサンドを食べ、二人に妙な顔をされつつ、しまった、逆だ、と思いながらも、やり過ごした。
二人ももう追及を止めた、というか、また聞くぞ、という雰囲気だったけど、とにかく、今は話題を変えてくれた。
三人で同じゼミに入っているので、その講師のことを、ああだこうだと言い合う。
魔術学校の高等科にはゼミというものがあり、魔術師の講師の元に生徒が配属され、専門的なことを学ぶ。
人気があるのは新進気鋭の魔術師とか、名前が通っている教授クラスの熟練の魔術師になるけど、私たち三人はただの講師、無名に近い講師のゼミに入っていた。
魔術学校の高等科は最長で八年まで在籍できるけど、びっくりすることに、私たちが選んだ講師は、これまでの八年間で二人の生徒を相手にしただけで、その二人も在学年数の限界で卒業ではなく退学になっていた。
なので、私たちがゼミに入ると、上級生は誰もいない、という有様だったのだ。
「あの先生はちょっと不思議だものね」ミーシャがサンドイッチを入れてきたプラスチックのカゴを折りたたんでカバンに入れつつ、静かに言う。「通り名が「精密機械」なんて言われて、まぁ、その通りではあるけど」
私とカリニアは笑うしかない。カリニアもハンバーガーを包んでいた包み紙を綺麗に折りたたみ、手で弄んでいる。私はまだお弁当を食べきっていなくて、シュババババ! という感じで箸を動かし、料理を口に放り込んでいく。
喉が渇いたな、と思うと、カリニアがカバンから水筒を出して、差し出してくれる。飲んでみると、甘ったるいコーヒーだった。でも糖分が摂れて、頭は回りそうだ。
水筒を返して、お弁当箱をしまい、さて、午後の授業だぞ!
私たちは並んで、最新の魔術構造式のトレンドを議論しながら、校舎に戻る。
カリニアもミーシャも、一二九家系の直系ではなく、傍流の傍流程度だと前に教えてくれた。ただ、カリニアは留年したように、だいぶ苦労している。
同じような苦労をして、耐えきれずに魔術師学校を去るものも多い。そんな話はザラだし、私自身が見てもいる。そういう連中は、力を持つものを恨めしそうに見て去っていくのだから、女々しいようで、しかしそれが本音だろう。
みんな、自分が何者かになることを願うものだろうから。
私は学校に残り、その上、飛び級できるのにしようとしない、不愉快な奴だったことは、疑いない。
のんびりと階段を上がって、上がって、上がって、さらに上がって、やっと教室に辿り着いた。
不規則に枝分かれする廊下を複雑に進み、ゼミが行われる部屋に入る。
「ジャストタイムだな、子猫ちゃんたち」
ドアを開けた途端、そんなキザったらしい声が出迎えて、私たちは少しの間の後、笑っていた。その笑い声に重なるようにチャイムが鳴り始めた。午後の授業の始まりだ。
扉の向こうは、扉の外と、全く違う空間だ。
講師一人と私たち三人の四人では使いきれない、百人は入れるすり鉢状の教室で、空中に背広の上に白衣を着た男性が浮いている。髪の毛は長く、激しく波打っているのが、どこかマッドっぽい。その上で眼鏡のレンズが橙色なので、余計にマッドだ。
彼が私たちが選んだ講師の、オースン・ラミアス先生だ。
通り名が「精密機械」という割に、外見は非常に豪快で、繊細さはあまりない。
「さ、座った座った。そしてさっさと宿題の結果を見せなさい」
私たちは少しだけ階段を降りて、並んで腰掛ける。
「じゃ、まずはカリニアちゃんから」
「はーい」
カリニアが立ち上がり、両手を目の前にかざす。
魔力が走り、複雑な魔術構造式を発現させ、それが魔力を増幅させ、世界の法則と原則を変質させる。
ぐっと部屋の室温が下がったのがわかる。
「こういう妨害には?」
言った瞬間、ラミアス先生がさっと手を振った。
本当に細い魔力の針のようなものが走ったのが見えた。
だけど、そのたった一本の些細な針が、一撃でカリニアが発動しつつあった魔術構造式を鮮やかに崩壊させていた。
暴走した魔力のせいで、空気が瞬間的に過剰に冷却されて、息が白くなり、思わず肩が震える。
「やりすぎたな」
今度はそう言って、ラミアス先生が手を振る。
魔術構造式が見えないのは、意識内で展開されているからだろう。
しかし見えなくとも、私には強力な魔力の波動と、魔術の気配がはっきりと感じ取れた。それは二人の友人もだろう。
部屋の空気が元に戻る。熱を制御する魔術は様々な場面で使われているし、基礎の一角ではあるけれど、ここまで見事に、そして繊細にコントロールできる人は、珍しい。
私たち三人は視線を交わして、同時にその繊細な技能の持ち主へ視線を向けた。
「君たちにはまだ七年ある」
まだ空中に漂っているままの講師は、ゆっくりと上下逆になりながら、サングラスの向こうで目が細めている。余裕というよりは、おちょくっているのだと思う。いつもこんな風でもある。
「七年もあれば、僕くらいにはなれるよ、子猫ちゃんたち。そのために僕がいるんだからね」
言葉遣いとそのセンスには重大な問題があるけど、それを差し引いても、この人の技量は本物だ。
「じゃ、次は火花ちゃん」
私は立ち上がって、深呼吸した。
(続く)
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