2-2 魔術と血筋

     ◆


 魔術師学校は初等科、中等科、高等科があり、しかしそれは年齢とはあまり関係ない。

 その理由を説明するには魔術師という存在の性質を整理しないといけない。

 そもそもの魔術師の起源は、現代から一千年以上を遡ることになる。その時代はまだ魔術は魔術というほど整理されていないが、世界各地にあり、そこここで有力な魔術師が栄華を誇っていた。

 そんな魔術師たちはやがて魔女と呼ばれたり、悪魔と呼ばれたりして、迫害されるわけで、これが魔術師たちに団結をもたらすのと同時に、ある種のコンプレックスも生み出した。

 団結した魔術師たちは公の場から身を引き、密かに生活し、密かにその能力を継承する道を選ぶことになる。コンプレックス、普通の人間とは違うと考えた魔術師たちは、魔術的な素質や能力を持たない血筋を取り込み、自らの血を薄めて行った。

 一方で血筋を守ろうとする者がおり、こちらは極端に外部の血を拒んだ。ほとんど近親相姦に近い、濃い血筋同士の融合がこちらでは起こったことになる。

 そんなことを数百年もやっていたわけで、魔術師は極端に有力なものと、ほとんど人間と大差ないものに分かれてしまったのだった。

 ただ、面白いことに血が濃い魔術師が絶対に強力な魔術師になるわけでもなく、血が薄まっている人間でも、唐突に魔術師として覚醒する者もいる。

 そして魔術師学校は、能力が全ての実力社会だ。

 百年を優に超える時間、有力な血を掛け合わされた純血の魔術師や、ハイブリッドとも呼ばれる特殊な血統の魔術師は、十歳にならないような年齢でも、大人顔負けの魔術を行使する。そういう生徒を初等科に置いておいても持て余すだけだから、中等科や高等科に飛び級、ということもあるわけだ。

 で、私はといえば十三歳の時に高等科への編入が可能と判断されたけど、友達と一緒に進級したいという理由だけでそれを断っていた。その代わりとして、いろいろと担当講師の雑用やらをやらされたけど、今はそれには触れないでおこう。

 勉強以外で苦労しつつ、友人二人と一緒に、私はやっとこの春から高等科に入った、ということになる。

 魔術師学校は世界中から魔術師たちが集まる関係で、複雑な仕組みになっているけど、内部に入ってしまえば、それほど難しくもない。

 午前中の授業は、選択した地域の言語で、その地域の学校教育の水準に当たる基礎的な授業が行われる。選択できる言語は、英語、ドイツ語、フランス語、スペイン語、ロシア語、中国語、日本語などだ。

 私は日本語で授業を受けて、日本人の高校生が受けるような授業を受けることになる。

 ちなみに友人二人は外国人で、英語で授業を受けているんだけど、その関係で私たちの間では英語と日本語のチャンポンの会話になる。

 私は午前中の授業が終わって、友人と待ち合わせている中庭に向かう前に、図書室へ向かった。調べたいことがあったからだ。

 図書室に入るけど、実質的には書籍を見るわけじゃない。

 ブースがいくつも並び、大抵は一人の席だ。ブースの席に着席して、机に備え付けの黒い板に、先の尖った銀の棒でいくつかの単語を書き込めば、そこから知りたい情報や、読みたい文献を検索できる魔術的な仕組みだった。

 私は「死の導き手」と書き込む。

 棒がなぞったところだけ色が白く代わり、まるで銀色のインクみたいだ。

 その白い文字が溶けるように消える。次には、板一面に無数の文字が浮かび上がっていた。

 いくつかの項目があり、そのうちの一つを選択。

 それは魔術学会が出している手配書だった。

 魔術師を暗殺する魔術師と推定されるものの、有力な手がかりはなし。国籍、年齢、性別、すべて不明。動画、静止画、音声、魔術痕跡、全部が残っていない。つまり完璧に自分を隠蔽できるということだろう。

 それだけ秘密裏に行動するとか痕跡を消すことは不可能なわけで、あまり常識的ではないけど、標的以外の関係者を殺し尽くしているかもしれないな。

 実際、シナークに剣を一度ならず向けられているが、間違いなく、殺人を意図していた。

 物騒な奴だなぁ。

 さらに情報を眺める。通り名は「死の導き手」、もしくは「黒の死神」。活動範囲は世界中に及ぶ。魔術学会から公認されていない魔術師による支援、援助の可能性が高いようだった。

 いくつかの暗殺事件の情報の中に、「魔術師十七人殺し」の項目もあった。

 この事件が重要なのは、その被害者の数もあるが、その事件の中心である家系が特殊なのだ。

 魔術師の家系は数百年前に一度、整理されている。

 そこで一二九の家系が特に魔術師としての素養を多く持つとして、特別に指定された。今でも一二九家系といえば、それで、魔術師たちは理解するほど、特殊である。

 そして「魔術師十七人殺し」で死んだ魔術師、おそらく標的だった魔術師は、一二九家系のうちの一つの当主だった。

 十七人のうちの半数ほどがその家系の子弟だったので、ほとんど血筋が途絶えかけたが、生き残りがいて、今もかろうじて残っている。 

 事件は二年ほど前で、魔術師の間でもだいぶ話題になった。

 その標的だったはずの魔術師は、「雷の御使い」と通り名があるほどの武闘派だったことも、話題性を高めていた。

 四十歳をいくらか過ぎていて、ピークではないにしても、まだ衰えるには早い、などと噂が巡っていたのを、私も何度か聞いた。

 まぁ、どれだけの力量でもシナークのあの身体能力と忍び足を考えれば、あっさりと殺されてしまっても、おかしくはないかもしれないな。なにせ、襲撃を警戒している魔術の類は全部、すり抜けられてしまうのだ。

 目の前の板の文字を目で追っていくと、どうやら懸賞金が出ていて、当然のように生死問わずだけど、重要な情報を通報するだけでお金がもらえるようだ。

 もし、食うのに困ったら、あいつを売ることにしようかな。

 本心でもないことを思いつつ、私は手に持っていた棒を所定の位置に戻す。板の文字が全部消えてから、「またのご利用をお待ちしています」と文字が浮かび、それも消えた。

 お腹も空いたし、さっさと中庭へ行こう。

 それにしてもとんでもないものが私の懐に飛び込んできたものだ。超一級の暗殺者と一つ屋根の下とは、ちょっと落ち着かない気がするけど、一方で、あいつもだいぶ気を緩めているし、私もゆるゆるだし、どうも、暗殺とか、そんな血なまぐさいことにならないような気もする。

 階段を駆け下り、中庭に出ると、二人の少女がこちらに手を振った。

 私も手を振って駆け寄って行く。



(続く)

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