二話
まさに漫画のような台詞だった。俺はヴェールの言葉をまるで他人事のようにしか感じられず、ニュース番組にツッコむみたいに訊く。
「それ、どういう」
「私はキュウイチと腕の骨折を治す代わりにヒーローになってもらうという契約を交わした。実際には、これは腕を完治させたわけではない。感情エネルギーを消費して〝腕は怪我をしていないという状態〟を擬似的に作り出していただけだ。治療は自然回復と併せて同時進行で行っている」
要するに、怪我をした腕の代わりに別の腕を装着して、本物の腕は舞台裏で修復しているというようなことらしい。
「そして、君の場合は頭がその状態だ」
「誰の頭が悪いって」
「そうは言っていない。単純に、大怪我をしている。本来なら失血死してもおかしくないところを、プリシアの力で命をつなぎ止めている状態なのだ」
未だ現実味を帯びないヴェールの話だったが、思い当たる節がないわけではなかった。
初めてプリシアと会った時、視界にやたら赤い色がちらついていたのを覚えている。あれはちょこまか怪人と戦っていた座間の姿だと思っていたが、眼球に流れた血の色だったのかもしれない。
怪人と戦っている最中も、俺はやたら頭部からの出血ばかりが激しかった。他の身体の部位はたいてい無事なのに、どうしてかそこだけは何度も流血している。精霊による治療が完璧でないことの証左だろう。
だが、俺はそんな怪我をした記憶がない。可能性があるとすれば――
「君がヒーローになった日、初めて怪人と遭遇した日、その時に私達の戦いの巻き添えを食らったのだろう。覚えていないのはその時のダメージで記憶が混濁しているからかもしれない」
「つまり、俺はまだあいつに貸しがあるからヒーローを続けろっていうのか」
「そうだ。私ならそう言う」
「待てよ。だったらプリシアはなんでそのことを話さなかった。それを知ってれば、俺は」
「カキタロー」
ヴェールに呼ばれ、俺が言葉を止めると、
「さっきからなんなんだ、君は?」
「何って、プリシアの考えてることがわからないから、こうして考えて」
「わからないわからないわからない、なんなんだいったいっ、先に助けを求めたのは私なんだぞ!?」
「んん!?」
突然の大声に縮こまる。すっかり萎縮してしまった俺に、ヴェールは容赦なくまくし立て続ける。
「わからないのは私の方だ! 私はどうすればよかった!? キュウイチにどう接してやればよかった!? それを教えてほしいのに君ときたら自分の方が思い悩んでいるかのような顔をしおってからに!」
「あ、あの、ヴェールさん?」
「だいたい、私は自分の気持ちさえわからないのに、プリシアの気持ちなんて汲み取れるはずがないだろう!? どうして怪我のことを話さなかったのかなど知るかっ、自分で聞きに行け!」
「お、おい。落ち着けよ」
「落ち着けるわけがないだろうが、私だって頭の中がぐちゃぐちゃでしかたがないんだ!」
もはや喚き散らす子供のように、ヴェールは叫ぶ。
「お願いだ。教えてくれカキタロー。君は私達と似ている。君は理屈で動こうとする人間だ。だというのに君は、他の誰よりも人間らしい。他の誰よりも、感情を大事にすることができる人間だ」
それは祈りだろうか。
違う。
俺はいま、託されているのだ。
「私達に教えてくれ。私達は、どうすればいい。君は、どうするんだ」
俺達人間が彼女達に押しつけた感情を、巡り巡って託された。
選択肢は、決して多くない。
「俺は――」
――――――――――――――――――――
キュウイチは、強かった。
ウタは頑張ってくれたけど、まだヒーローとして戦ったこともない彼女には厳しい戦いだった。
私達は、負けた。
もうこの街に、ヒーローはいない。
ハイトは、その目的を達成してしまうだろう。
こんな時でも、頭に浮かんだのは彼のしかめっ面だった。
――ごめんね、カキタロー。
私、この街を守れなかった。カキタローが耳かき音声を聴くための平和を、守れなかった。
でも、いいよね。
もう、私達が会うことはないんだから――
ザッ、と。
誰かが土を踏む足音がした。
顔を上げると、目が合った。
夢かと思った。幻かと思った。これが妄想っていうものなのかとも思った。
けど、違った。
そこには確かに、
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