第11話ツチノコ1


 それはある日の放課後の事だった、いつものように部室の椅子に座ってゆっくりと月刊ムーを読んでいると勢いよく部室の扉が開いた。


「あっ、土宮先輩」


「なんだよ~日向君しかいないのか、相変わらずしけてるな…」


 花水木先輩は今日はバイトで休み、一人静かに部室で本を読んでいる僕の至福の時間を邪魔してきたのは漆黒の髪をなびかせながら部室に飛び込んで来た土宮先輩だった。


「…それでこんなしけた部室に何の用ですか?まだ部誌の締切には時間がありますけど」


 土宮先輩が締切でもないのに部室に来ることなんて珍しいと思いつつ、少し皮肉交じりにそんな言葉を発すると土宮先輩はその口元をにやり歪ませ、僕の方に演技がかった歩き方で髪をかきあげたりなんてしながらゆっくりと近づいてきた。


「ふっふふ…実はね私はこの世界の攻略法に気づいてしまったんだよ」


 うっわー攻略法って…うさんくせー…この人世界をゲームかなんかだと勘違いしてるんじゃないか?なんか壺とか売りそうな雰囲気醸し出してるんだよな。昔秋葉原に行った時もこんな雰囲気の人が近づいてきて話をしてみると絵を買いませんかってオチだったなあと思い返してると、先輩は漆黒の瞳を細めたながら演技がかった声で僕に話しかけてきた。


「ひーなたくぅん!金が欲しくないかい!?」


「…そりゃあお金は欲しいに決まってますけど」


 …うわあ…めちゃくちゃ怪しすぎる…絶対なんか変な事考えるよ…すごい嫌な予感がする…


「ツチノコを探しに行かないか!」


 あーやっぱり…



「日向君みたいな情報弱者は知らないと思うけど今ツチノコには130万円の賞金がかかってるんだよ!?130万!何でも買えるんだぞ!?こりゃあ探さない手は無いだろ!?人手は多い方がいい!さあ行こうじゃないか!」


 …何で先輩はこんなに夢を見れるんだろう、もしかしてバカなのかな?…あーバカなんだろうなあ…こんなに目を輝かせちゃって…多分この人本気でツチノコを捕まえられるって信じてるんだろうなあ…もしかしてこの人は未だにサンタクロースがいるって信じてる人なんじゃないかな


「日向君は馬鹿なのか?サンタクロースはいないだろ」


 あっ、そこは信じないんだ。ツチノコを本気で信じられてサンタは信じてないんだ。その違いが全然分からない。どういう思考回路をしてればそんな思考になれるんだろう。そんな事を漠然と考えてると先輩はニヤッと不敵な笑みをその顔に浮かばせながら口を開いた。


「ふっふふ、実は私にはとっておきの情報があるんだよ!いいか?聞いて驚くなよ?実は―――」


 すると先輩は両手を大きく広げたかと思うとまるで名探偵が犯人を名指しするかのように堂々と叫んだ。


「香貫大山でツチノコ見たと言う噂が最近流れてるんだよ!」


 …噂?へ?噂?そんなどうでもいい噂を頼りにツチノコが本当にいるって判断してるんですか?誰が言いだしたのか分からないそんな噂で?まあ確かに香貫大山は近いですけどその情報だけで本気でツチノコを探しに行こうとしてるんですか?本気ですか?


「本気だよ!!!!だって先日私のパソコンが壊れたからね!なにがなんでもお金が欲しいんだよ!!!楽してね!」


 うおお…完全に目がきまっちゃってる…先輩も切実だったんだな…



 バキバキに目がきまっている。最近のお笑い用語か知らないけどそんな言葉を良くお笑い番組で聞いたことがある、テレビ番組でそんな言葉を使っている芸人に対して僕は笑っていたけど実際にそのバキバキに目が決まってる人を目の前にするとまったくもって笑えたものではなかった。目は血走り、瞳孔は完全に開ききり、はあはあとよだれを垂らす勢いて山をかき分ける土宮先輩そんな先輩が僕の目の前にいた。


 …ゾンビかよ


「いいか!!!絶対に見つけるぞ!!!見つけたら報酬は山分けにしてあげるからな!!!私が100万!日向君が30万だ!絶対に見つけるんだぞ!」


 100万と30万って全然山分けになってない…


 結局僕は土宮先輩に半ば連行されるようにして香貫大山に連れてこられ、そこでツチノコを探す手伝いをすることになっていた。…めちゃくちゃめんどくさい…部室で本を読んでたかった…


 さっきから2時間ほど山の中を探し回ってるんけど、まあ山の中を探すって簡単に言ったけど実際はやぶの中だったり獣道だったりと登山道として整備されているところ以外の道なき道を進んでいくわけで…正直めちゃくちゃつらい…虫に刺されたりやぶで切り傷を負ったり…正直こんなことをするくらいなら素直にアルバイトをした方が良いんじゃないか?


 あっ、そうそう当たり前なんだけど普通にツチノコどころか蛇の一匹すらいなかった。2時間山を探して僕が出会ったのはやぶをかき分けるたびに出てくる小さな虫と後はたまに上空で鳴いてる鳥しかいない…マジで帰りたい…


「くそ!!!なんでツチノコはいないんだ!探し回ってたら無駄に山の頂上に来てしまったじゃないか!!!あーーー!くそっ!!!ムカつくほどに景色が良いな!!!やっほーーーー!!!!」


 無駄に山を登った達成感があるせいか、怒ってるのか上機嫌なのか分からない先輩が頂上で山彦を聞くために必死に叫んでいるのを聞きながら僕は愚痴っぽく呟いた。


「香貫大山はって大きいって漢字はつきますけど普通にハイキングのついでに上るような小さな山ですからね…そりゃ2時間も山を探してたら上まで来ちゃいますよ…てかなんだかんだで僕も付き合いましたけどもうツチノコなんて居ないですって…素直にアルバイトしてパソコン買いましょうよ…」


「いやだいやだいやだ!私はアルバイトなんて絶対にしたくない!もっと楽して稼ぎたいんだ!」


 うえーくず人間の思考回路だ…てか楽してって言ってるけど2時間山を探すことに比べたら絶対にアルバイトした方が楽だったじゃないですか…先輩そこそこ美人だし、たぶん面接通りますって


「私の様な美人だからこそ普通の人間がするようなアルバイトなんてしたくないんだよ!芸能人見たく笑ってるだけで金が貰えるべきなんだ!楽して稼ぎたい!!!…あっそうだ!今から原宿に行こう!もちろんスカウトされにな!」


 …ッ!…この人は山の上まで来てなんて浅いことを言ってるんだと呆れ返っていると僕達の背後から聞きなれた声が聞こえてきた。


「あっはは!土宮に日向君何をこんなところでしてるんだい?相変わらず土宮は馬鹿な事を言ってるようだけど日向君はそれに巻き込まれたって感じなのかな?」


 快活な笑い声が聞え、振り返るとそこにいたのは花水木先輩だった。あれ?先輩なんでこんなところに?今日はバイトがあったはずじゃ?


「あっはは!今ちょうどバイトが終わったところだよ!ところでお金が入ったから3人でウナギでも食べに行かないか?ボクがおごるよ!」


 こんなところでバイト?ここは山の上だぞ?こんなどこにも店なんて無い場所でバイトなんていったいどんな―――花水木先輩の発言を不思議に思っているとそれを打ち消すかのように土宮先輩が口を開いた。


「ウナギ!?花水木のおごり!?やったぞ!行こうじゃないか日向君!ごちそうしてくれると言うんだ!遠慮せずに行こう!」


 遠慮せずって…そのセリフは普通おごられる側がいう事じゃ無い気がするんですけど…


「あっはは!別にいいさ!今日はかなり儲けたからね!2人をおごる事くらい楽勝さ!」


 おお!なんか今日はいつもより花水木先輩が輝いて見える!やっぱりそれは土宮先輩って言うくずをずっと見てしまったからなのかな。この2人って昔から付き合いがあるらしいけどどこをどう間違ったらこう性格が変わるんだろうな…もしかして2人の前世の影響とかあるのか?いや、オカルトじゃあるまいしそんなことは無いか。


「土宮先輩も花水木先輩を見習った方が良いですよ?こうやってちゃんとアルバイトしてるんですから恥ずかしいと思ってください本当に」


「うっ…」


「あっはは!そうだね!土宮も早めにアルバイトをして社会の厳しさを知っておかないと本気で…そうだね…本気で土宮は社会に出た時苦労しそうだよね…」


 あっ、それは僕も同感です


「なっ…なんだよ2人して!そんな蔑むような目で私を見るんじゃない!ほら!早く山を下りるぞ!私はお腹が減ったんだ!花水木の金でしこたま食ってやるんだ!」


 そういって山を先導して降りていく土宮先輩を見ながら僕はちょっとやらしいが花水木先輩にぼそりと聞いてしまった


「…ちなみにウナギを奢れるくらいって一体いくらくらい儲けたんですか?」


 その言うと花水木先輩はニカッとした笑みをその顔に浮かべこう一言いった。


「130万」


 え?それってもしかして…ツチノコ―――


 僕のその言葉は花水木先輩の「ほら早くしないと置いてくよ!」という言葉にかき消されてしまった。

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