第10話3種の神器3


 花水木先輩が言っていた土宮先輩を呼び出すとっておきの策と言うのはとてもシンプルな物だった。


 鞄を片手に飛び出した土宮先輩、つまりノートパソコンを置いて行った先輩のノートパソコンの中身を見ちゃうぞと大声で叫ぶとこだった。


「ばかばかばかばか!!!!お前たちそれだけは絶対にやっちゃいけない事って日本国憲法に書いてあるだろ!!!」


 花水木先輩が大きな声で叫ぶと土宮先輩は全力で戻ってきた…いや…うん…まあ…その気持ちめっちゃ分かります…僕ももし自分のパソコンの中身を見るって脅されたらすぐに戻ってきますもん…下手すれば死刑よりも重い罪ですしね…


 ぜえぜえと息を切らしながら戻ってきた土宮先輩はそのまま花水木先輩に腕を掴まれ再び部室に戻ることになった。


 そして2時間後、自分の記事を書き終えた花水木先輩の鬼のスパルタ指導の下、土宮先輩は記事を書き上げることに成功していた。



「あっはは!ほら土宮!手が止まってるじゃないか!早く書かなきゃ下校時刻になっちゃうよ!」


「うるさい!今考えてるんだよ!あーーーーもうめんどくさい!月一で書く部誌がこんなにめんどくさいなんて!私は一生小説家になれないね!あいつらは毎日小説を書いてるんだろう!気が狂ってるとしか思えないよ!毎日やることなんてアニメを見るくらいでいいんだよ!!!人間とはそうあるべきなんだ!あーーーパソコンを見すぎて目がチカチカする!!!もう適当に書いてもいいだろう!!!」


「…ダメに決まってるじゃないですか…一応それだってみんなが読むんですよ?」


「はああああ!?みんなって誰だよ!私はね!顔も知らないやつのために全力を尽くせるほど人間はできてないんだよ!!!誰が読むか分からないなら適当に書いても良いだろう!どうせそのみんなってやつはこの文章だって流し読みをしているに決まってるじゃないか!」


「あっはは!誰が読むか分からないからこそ全力の出しがいがあるじゃないか!」


 …まあ僕も土宮先輩の言うことも分からなくはないですけど、誰かが読むなら頑張らなきゃなとは思いますよ?


「きーーー!!!なんだこいつら狂ってやがる!!!分かったよ!書けばいいんだろ!書けば!!!」



 そして2時間後…土宮先輩は数々の罵詈荘厳を世の中に対して吐きながらも何とか記事を書き上げることに成功していた。


「…出来たっ…出来たぞ!!!見ろ!!!この美しい文章を!!!まとまった構成力を!!!もしかしたら私は天才なんじゃないだろうか!!!…決めたぞ!私は小説家になってやる!」


 うんうん、分かりますよその気持ち。書き上げた瞬間の気持ちよさは他では味わえないものがありますもんね。


 ノートパソコンを天高く掲げ目を輝かしている土宮先輩を見て、思わず僕も感無量に浸ってると花水木先輩が声をかけてきた。


「あっはは!ほら言っただろ!土宮はやればできる子なんだよ!」


 快活に笑いながらそう言う先輩の顔は少し誇らしげでもあり、先輩は最初から土宮先輩が書き上げられることを信じていたように見えた。


(そうだよな…土宮先輩はやればできる子なんだよな…完全にダメ人間って思ってたけど考え直さなくちゃいけないな…)


 心の中で勝手に決めつけていた土宮先輩=ダメ人間という不等式を書き換えなければなと思っていると土宮先輩はその漆黒の瞳を輝かせながら僕に上機嫌で話しかけてきた。


「なあ!日向君も思うだろ!私は文章を書く才能があると言うことに!そうだ!これから私は小説家になるんだ!いいかこれからは私の事を土宮【先生】と呼ぶんだぞ!」


 先生…まあこんなに輝いている土宮先輩を見るのも初めてだしな、ここはしたがってやるか


「はあー…分かりましたよ先生」


 ため息交じりにっそう答えると土宮先輩は身悶えるような動きをしながら再び口を開いた


「くぅーーー!!!【先生】!なんて甘美な言葉なんだろう!人から先生と呼ばれることがこんなにも素晴らしいことだったなんて!そうだよな、この世で試験を受けずに先生と呼ばれる事が出来るのは小説家しかないんだ!そう考えたら私の天職な気がしてきたぞ!!!やはり私は小説家に向いてるんだ!」


 その時、驚くほどテンションが上がった先輩を見て自分も嬉しくなったのだろう花水木先輩が―――


「せーんせい!せーんせい!せーんせい!」


 ―――先生コールをしだした。チラリと土宮先輩を見るとニマニマとしたしまりのない顔をしながら頭をかいている。…そんなに嬉しいのか、よし!僕もしてやろう!


「せーんせい!せーんせい!せーんせい!」     「せーんせい!せーんせい!せーんせい!」

     「せーんせい!せーんせい!せーんせい!」   「せーんせい!せーんせい!せーんせい!」


 部室に響き渡る先生コール、土宮先輩はそれに呼応するかのようにテンションを上げていく。


「先生!そう私は先生なんだ!美少女すぎる天才先生なのだ!すごいぞー!私!○田翼よりすごいぞー!メディアがほおっておかないぞー!数年後には一発当ててアニメ化だ!○滅の刃よりも売れてるはずだ!印税で都内にマンション買ってそこで一生アニメ見ながら遊んで暮らすんだ!わっはは!薔薇色の人生が見えるぞ―――」


 その時テンションが上がりすぎた土宮先輩はつるりと持っていたノートパソコンを床に落としてしまった。


「あっ…」

「あーあ」


 思わず僕と花水木先輩の口が同時に開いた。


「…わっはは…だだだだだ…大丈夫さ…最近のパソコンは丈夫にできてるからねこんなことじゃ壊れやしな…」


 目の前の土宮先輩は、冷や汗をだらだらとかきながらゆっくりと床に落ちたノートパソコンを拾い上げ…


「…もう先生は引退だ…もーーーーーいやーーーーーーーーーー私は帰るーーーー!!!うわーーーん!!!」


 完全に電源がつかなくなったパソコンを投げ捨てながら部室を出て行った。


 …あっ…部誌どうしよう


 その光景を思わず見送ってしまった後、僕は今日締め切りの部誌がこれでは完成しない事に気づきぼそりと呟くと花水木先輩がそれに答えるように苦々しく言葉を発した。


「…あっはは、土宮には私のパソコンでもう一度書いて貰うとしよう…今日はあいつの家に泊まることになりそうだ…」


 次の日、目を真っ赤にした土宮先輩と花水木先輩が原稿を持ってきたのはまた別の話。

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