第5話黄金ジェット2


「知らない天井…」


 次にヒナギクが目を覚ましたのは、可愛らしいカラフルな壁紙が貼られた部屋のカプセルの中だった。


「あっ!ようやく気が付いたのね」


 ぼんやりとした頭に手を当てながら体を起こすと、それを察知したかのように先ほどの青い髪の女性がヒナギクへと近づいて来た。


「あなたが私を助けてくれたのね…ありがとう」


「たまたま私が薪を探しに通りかかったから良かったけど下手したらあなた死んでたかもしれないのよ?…というかあなた何者?白い髪の毛に蒼い瞳なんてこの辺じゃ見た事無いけど…」


「私は―――」


 それからヒナギクは全て話した。自分は勇者であること、魔王との決戦の際に恐らくこの世界に飛ばされてしまったこの世界から見て異世界人ではないかと言うこと―――


「異世界人!!!何それ!!!めちゃくちゃ面白いじゃない!!!もっと聞かせなさいよ!!!」


 …さらにヒナギクは話した。異世界には魔法があること、大気中に魔素と呼ばれる魔力の元が漂っていること、紅い月が輝いていること。


「それでそれで!?」


 …さらにヒナギクは話した。勇者として生まれた自分の宿命を、人間と魔人の長い戦いの歴史を。そして魔王との戦いの葛藤を。


「い゛い゛話ね゛―――!!!時代が悪か゛った゛の゛ね゛―――!!!それでそれで!?」


 ………最終的にヒナギク達は恋バナをしていた。


「キャー――!!!それって魔王の事でしょ!!!あなたさっきからそいつの話するたびに意識しちゃってるのバレバレだもの!!!」


「そっ…そんな事無いわよ!あいつは私にとってライバルなのよ!!!」


 青い髪の女性が出すチョコレートケーキと紅茶でお茶会をしながらガールズトークに花を咲かす2人。


 紀元前1万2千年、アトランティス大陸でも2人の女性が集まったら話すことは同じであった。



 その頃ムー大陸では…


「なんだこの漫画という書物は!!!面白すぎるぞ!!!特にこのメイドロボットが主人を守るためにボロボロになっている姿がたまらん!」


「おー兄ちゃんもその良さが分かるか―こっちの漫画も読んでみなー」


「敵を倒すために自分を倒せる年齢まで成長させた!?制約と誓約!?暗黒大陸!?なんだこの俺様の心の奥から湧き上がってくる熱い気持ちは!!!うおおおおおお!!!面白い!!!」


「ちょっと休載は多いが1万2千年後まで語り継がれる大傑作だとおいらは思ってるよー」


「はっはは!!!間違いないな!!!だがもしかするとその頃まで休載してるかもな!」


 転移2日目、ベルゼは異世界で出会ったノックとポテトチップスとコーラを片手に漫画の考察と感想を1日中繰り広げていた。



「よし!私ヒナギクの事気に入ったわ!その話を聞く限りこっちで済むところ無いんでしょ?ここに住みなさいよ!だって私達ニコイチだもんね!これからヒナっちって呼ぶわ!」


(…ニコイチ?)


「ありがとう、リーン」


 2時間後、ヒナギクはリーンと呼ぶこの青髪の女性と親友と呼べる中になっていた。


「ところで私の聖剣が見当たらないんだけど、どこにあるか知らないかしら?」


 異世界では毎日が戦いで同年代の女の子とこんなふうに仲良く話したことの無かったヒナギクはついその楽しさに夢中になっていたが、話も一段落し冷静になると自分の聖剣が無いことに気づいた。


「あの大事そうに握ってたやつでしょ?熔けてたから今私のおじさんが直してくれてると思うわよ?」


「直す?オリハルコンの聖剣を…?」


 カチャカチャと食器を片づけながらリーンがそう呟くのを聞きながらヒナギクは眉間に皺を寄せた。


 【オリハルコン】神の金属と呼ばれている幻の金属であり、その硬度は異世界一を誇る。そのオリハルコンで作られた聖剣カゲツは勇者ボタンが転生する際に神より渡された7本ある聖剣の内の1本であり、子孫であるヒナギクにまで代々錆びることなく伝承されてきた。


(そんな聖剣を直す?この世界の住人はオリハルコンを加工できる技術を持っているの?いったいどんな加工技術で…)


「もしかしてヒナっちオリハルコンの加工見たことない?私もおじさんの所にこれから行くから一緒に見に行かない?」


 疑問に思うヒナギクを見て察したのかリーンは食器を片づけながら声をかけた。


「そうね、聖剣も気になるしこの世界の事をもっと知りたいから私も一緒にいけたら嬉しいわ」



「やっほー!おじさーん!今日は友達も連れてきたよー!」


「おいおい、俺の事は師匠って呼べっていつも言ってるだろって…友達?」


 リーンに連れられてヒナギクが辿りついた先はリーンの家のすぐそばにある叔父の工房だった。


「この世界は凄いわね、私のいた世界とは比べものにならないくらい文明が発達してるわ」


 ヒナギクが見た光景はリーンの家から出て隣の工房に行くまでの景色であったが、それだけで彼女がそれを確信するのには十分だった。


 住居は全てつなぎ目の無い滑らかな石で作られており、地面は全て舗装されている、空を見上げれば鉄の塊が飛び回っており、あちこちに天を貫くような巨大な建物が乱立し、かと思えば道の脇には見たことも無いような植物が均整を取りつつも美しく並んでいる。


 それは古代アトランティス文明の超科学と自然の調和から成り立つ一種の芸術と言っても差支えの無い街並みであった。


「あーお前がリーンが言ってた蒼い目の子か、フェニックスに殺されそうになったんだって?」


 金属で作られた巨大な炉の前に座っていたリーンの叔父と言う人物は作業を止め、振り向きながらヒナギクの顔を見る。


「フェニックスよりもっと危ないモンスターはうじゃうじゃいるからもっと鍛えないとな。俺の名前はネロだ、よろしく」


 もっと鍛えないと。その言葉に勇者としてのプライドが刺激されヒナギクは少し苛立ちを覚え一言言おうとしたが―――


「…私は一応元の世界では勇者として戦ってまし…え?」


振り向く彼の左手にはフェニックスが雑に握られていた。

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