第4話黄金ジェット1


 歴代最悪の魔王【エデン・ガーデン】 


 ベルゼから見て先先代の魔王であり、その能力は【自分の思想を他人に伝染させる】こと、最も恐れられ最も世界を破壊した最悪の魔王。


「僕は…天国を作りたかっただけなんだ…あのクソみたいな創造主が作った世界なんて生きてる意味が無いじゃないか!」


 真紅の瞳を煌かせながら血まみれの彼は叫んだ。


「…貴方が何を見たのか知らないけど、世界の8割を自分で埋め尽くしたあなたの罪はもう許されるものではないのよ」


 そしてその魔王を打ち破ったのは異世界からの転生者、勇者【神宮寺じんぐうじ 牡丹ぼたん】その蒼く輝く瞳でもって魔王を打倒した彼女は伝説となった。


 現在、子孫である勇者ヒナギクは…アトランティス大陸にいた。


「ッ…ここは…?」


 ヒナギクが目を覚ますとそこは見知らぬ大地。月光が黄金色に草原を照らす中、その上で純白の長い髪を広げヒナギクは横になって倒れていた。


(私は…魔王と戦っていたはず…いや…それよりもまずはここがどこか考えなきゃ…)


 先ほどまで魔王と戦っていたはずと混乱する頭をすぐに切り替え、ヒナギクは現状把握に思考を巡らす。


(恐らく…ここは私たちのいた世界じゃないわね…魔素の気配が一切ない…私のご先祖様がいた世界の伝承と一緒…最後のあの魔法…あれが暴走して異世界に飛ばされたとしか考えられない…)


 幼少期、毎日のように母親から伝え聞かされた勇者ボタンの話。その話がヒナギクの脳裏でリフレインする。


 その世界の大気には魔素が無く、そしてその世界には月は黄金に輝いている。


「綺麗…」


 ヒナギクは上空に浮かぶ丸い月を見て自身の生まれ故郷の紅い月を思い返した。異常に濃い魔素によって紅く輝いていると言われている未到の大地、満月の夜はその力で魔人の力が増幅し倒すのがめんどくさかったなあと物思いに浸っていると、彼女の後ろで影が動いた。


「クエエエー!!!」


 魔素が無い世界、常に魔素を使って探知を行っていた彼女は一瞬反応に遅れた。戦闘による反応の遅れはダイレクトに生死にかかわる、彼女は月に見惚れてしまったという自分に恥じつつも一瞬にして腰の聖剣を抜き、振り向く。


 そこで彼女が見たものは―――


「…燃える鳥?」


 不死鳥フェニックスだった。



「はあっ…はあっ…!こいつ…死なない!?」


 彼女の戦いは日が昇るまで及んでいた、何度首を刎ねても業火の中から甦るフェニックスは諦めることを知らないかのように彼女に向けて攻撃を仕掛けてき、彼女の体力は限界に迫ろうとしていた。


 かつて魔王軍と3日以上にわたり戦い続けた経験がある彼女も、何度殺しても甦る疲労感と魔素が無い世界では魔法を使うことができず、仙気による回復だけでは限界に来ていた。


「クエエー!!!」


「―――ッ!」


 ヒナギクは上半身に向かって放たれるフェニックスの高温のブレスを、最小の動きで屈みながら避け、そのまま体の力を抜いたかと思うと重力に身を任せ前方へグラリと倒れる。


 体勢が完全に崩れるその瞬間、軸足の筋肉に力を込めることで傾いた体にかかった重力加速度と極限のリラックスからの緊張により瞬発的な瞬発力を得た筋肉を使い、瞬間的にフェニックスとの距離を詰める。


 魔力や仙気を使わない純粋な身体技術【縮地】勇者の家系に代々伝わる異世界の技術は、魔力や仙気を使わなくても高速移動できる唯一の技術であった。


 ―――ドンッ!


 まるで爆発でも起こったかのような音と共に彼女はフェニックスの懐まで接近し、その聖剣でもってフェニックスの胴体を2つに切り裂く―――


「―――ッ!」


 ―――が、2つに切り裂かれたその胴体は一瞬にして燃え上がり再びフェニックスは甦った。


(胴体を2つに切り裂いてもダメか…)


 バックステップで距離を取りながらヒナギクは考えた。


(絶対に死なない身体…どこまで逃げても追いかけてくる執着心…移動スピードも私以上…あの高温のブレスをくらったらその瞬間に死ぬ…)


 一瞬たりとも気が抜けない戦闘、死なない身体を持つモンスター、彼女が出した結論は―――


(…もし絶対に死なないのならこのあたり一帯このモンスターだらけになっている筈…必ず方法はあるわ)


 ―――殺しながら殺す方法を考えることだった。


 長い戦いになりそうだと構えた聖剣を強く握り直した時…ヒナギクは異変に気付いた。


「そんな…オリハルコンの聖剣が…熔けるなんて…」


 フェニックスの燃え盛る体はヒナギクの聖剣すら溶かしていた、その切っ先は丸く焼け爛れており既に剣としての役目は果たせそうになかった。


(絶体絶命…か)


 ヒナギクは聖剣の熔けた剣先を見ながら魔王と戦っている時以上の絶望を感じていた。世界最硬の硬度を持つオリハルコンの聖剣が熔けたことなど20を超える魔王との戦闘でも無かった。


 決して折れず決して傷つかない聖剣、絶対の信頼を預けていた聖剣が熔けることは彼女が戦意を喪失するのには十分すぎる理由だった。


(ああ…もしかしたらこの世界だったらあいつとも仲良くできたのかしら)


 フェニックスがブレスを吐かんとその口を大きく広げる光景を見ながら、ヒナギクの両手はだらりと構えた聖剣を下し死を受け入れていた。そんな彼女が最後に思った事は魔王の―――


「何してるのよ!フェニックスと素手で戦うって危ないじゃない!」


 ―――瞬間、赤黒い閃光がフェニックスを包んだ、大きな叫び声と共にヒナギクの前に現れたのは海のように青い髪の毛を肩まで伸ばした1人の女性だった。


「まったく!何やってるのよ!こんな剣で戦うなんて!フェニックスは暗黒物質光線銃を使って原子レベルまで凍結させないとダメじゃない!今時こんなの子供でも知ってるわよ!」


 怒ったようにヒナギクに怒鳴る女性は手に持った銃の様なものを腕時計に変形させながらそう言った。


(ああ…私はこの人に助けられたのね…)


 そんな彼女の姿を見ながらヒナギクは安心したのか張りつめていた糸が切れたかのように地面へと倒れた。

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