ロボット少年

ボラギノール上人

第1話

 僕はなんてことはないありふれたただの人間だった。

 学校に行っても誰とも話すこともなく、むしろ避けられているし家に帰っても疎まれていた。

 日々というのは、僕からすれば苦痛を伴って過ぎていくだけのもので、それが続くことに意味も無ければ必要も感じられなかった。

 かといって、このつまらない日々を終わらせる勇気も決断力もなくて、なんとなくだらだらと一日を垂れ流していく。

 何故だか、僕が見ている色も僕が感じている匂いもどんどん薄くなってきて、僕以外の人間もほんとにいるのかどうか疑わしくなってきている。

 そうやってだんだんと周りが曖昧なものになってきたことで、より自分の輪郭がはっきりくっきりしたような気がしてきて、恥ずかしくなってしまう。

 曖昧な存在に見られてもさして困りはしないはずなのに、自分の気持ちとは裏腹に主張された自分への恥ずかしさが消えることはなかった。

 まるで、そうなるようにプログラミングされているかのように。

 なるべく誰もいない道へ、誰もいない体育館の裏へ、誰もいない自分の部屋へ、僕は毎日行ったり来たりする。この繰り返しもきっとプログラミングされているに違いない。僕が過ごしてきたつまらない今だっておそらくそうだ。



 そうして、また毎日が過ぎて、過ぎて、過ぎて過ぎて。

 僕はとうとうロボットだったんだと気付いた。

 人間に限りなく似せたロボットだったのだ。色も匂いも他人のことさえも認識が薄いことも腑に落ちた。ロボットだから腑はないのだが。

 こんなことを考えられる辺り、それなりも性能はあるみたいだ。

 家にいる家族もあくまで設計図を基に作っただけの製造者なだけであると考えれば、それまでの彼らの行いにも、何も思わなくなった。

 数ある製造した中の一体であるだけなのなら、きっと思い入れも何もないだろう。

 何の目的で僕がこの家に置かれているのかは分からないが。


 また、僕がロボットであることが分かってからどのように僕が充電しているのかが気になって、母だと思っていた製造者に取扱説明書のような物はないのかと尋ねてみたところ、何気持ち悪いこと言ってんの?頭おかしくなったんじゃないの?と返され、取り付く島もなかった。

 仕方なく自分で考えてみる。そうしたところ、PCチェアであることが分かった。

 スマホなどとは違って充電されている表示はないけれども、なんだか充電されているなあと感じるからきっと間違いないはずだ。

 しかし、問題があって僕の背中にあるらしい充電できる箇所と、チェアの背もたれの一部分がピッタリと合わさらないと充電がなされないようで、僕はそのために何度も座りなおしたり、体の位置を微調整したりするのに数時間を費やしてしまう。

 今では、好きであったPCのゲームや、ネットサーフィンもすることは無くなって、ただ充電がなされるのをずれないようにじっと動かず、ぼんやりと待つようになってしまった。

 夜の内に満タンにしておかないと、日中は学校に行くこともあって充電することが出来ない。何の為に学校に行っているんだろうか?分からない。そう決まっているからだ。


 翌朝、学校へと向かう。

 こうして、自分がロボットだと知ってみるとなんだかバレてはいけない気がして、今まで一目を避けて歩いていたのはやはり、プログラミングによって決められていたんだと改めて分かった。

 学校について、教室を開けると既に教室にいたクラスメイトがバッと一斉にこっちを見た。

 バレたのかと思って手にじんわり汗が滲んだが、みんな何だこいつかとでも言うようにまた各々友達と喋ったり本を読んだりしている。

 僕は席に座って滲んだ手を見る。

 何で汗が滲んだんだろう。ロボットなのに。オイルだろうか。そんなまさか。

 きっと、人間により見せるためにそういう機能も付けたのだろう。凄い設計者だ。一度会ってみたい。きっと僕の知らない機能だって知っているだろう。

 何の為にだろうか?それは分からない。きっと何か意味があるはずだ。

 校内での一日は相変わらずではあった。誰からも話しかけられたりするわけでもない。存在すらしていないかもしれない。僕が座っている一番後ろの席までプリントが回ってくることもない。少し前の僕ならそれだけでも陰鬱な気分になっていたと思うが、今ロボットである僕にとっては全く何も感じなかった。

 昼休みになって、購買でパンを買っていつもの場所に行く。誰も来ない体育館の裏だ。袋を開けていつも売れ残っている味がぼやけてよく分からない味のクリームが入ったパンを一口かじったところで、ロボットは食べ物を食べていいのだろうかと考える。今まで食べていたのだからきっと大丈夫なのだろうが、自分がどんな性能なのかが、分からないためにちょっと心配になる。お腹はグルグルなっているから大丈夫な気もするが…。迷ったあげく、これは一度設計者に確認を取ったほうがいい気がしてパンを投げ捨てた。今夜は仕方なくではあるが、製造者に設計者の居場所について聞いてみよう。性能に加え、僕が何のために作られたのか、今後どうしていけばいいのかも聞いてみなくては。

 そろそろ戻ろうかと思ったところで、パンを投げ捨てた事に罪悪感を感じて、パンを拾って、教室に戻る途中でゴミ箱に捨てた。

 きっと、その気持ちがある以上、悪い目的で作られたのではないだろう。少し安心した。

 ふと手を見ると、よく分からない味のクリームと、土が手についていた。

 僕の機械の部分は皮のような物に包まれているけど、クリームや土が機械に入ると簡単に壊れてしまいそうだ。

 僕は、手を洗った。まだ足りないような気がしてまた洗った。また洗って、再度洗って、念押しでまた洗って。そろそろ大丈夫かもしれないと思ったところで時間を見たらもう放課後になっていたから、教室に戻って鞄を取り帰った。



 少し寄り道をして、100円ショップに行った。

 充電用のUSBケーブルとはさみを買った。これで、部屋での生活がちょっと楽になるかもしれない。家に帰って早速試してみなければ。

 久しぶりの繁華街から、家へと帰る道すがら周りから笑い声が聞こえることに気が付いた。周りと見渡すと、人がなんだかこちらを見ている気がする。笑い声がする。

 全身を見てみても、僕がロボットであることは気付かれていないはずだ。

 もしかしたら背中の皮が剥けて機械の部分が見えてしまっているのかもしれない。

 なぜ背中を見ることが出来ないのだろう。ロボットであるはずなのに。

 周りの人間が僕を見ている。笑い声がする。僕を見ている。笑い声がする。

 急いで立ち去ろうと、早足になると同時に視界がだんだん白く霞んでいく。

 充電切れだろうか。白い視界で埋め尽くされそうになった時、すみませんと声をかけられて、ハッとした。元に戻った視界で確認したところ、知らない女性だった。

 落としましたよと渡されたものは、手にもっていたさっき買った物であった。

 感謝を伝えて、立ち去りながら一体今のはなんだったのかと考える。

 きっと何らかの不具合かもしれない。おそらくメンテナンスが必要だと思われる。

 尚更設計者に、連絡を取る必要があるみたいだ。


 帰宅すると、丁度製造者がいたので設計者はどこにいるのか、連絡を取りたいと聞いてみる。製造者はあんたいよいよおかしくなったの?病院に行った方がいいんじゃないの?と言っている。やはり話にならない。さらに問い詰めようかとも思ったが、それよりもさっきの不具合が気になる。まずは充電した方がいいかもしれない。

 前から気味の悪い子だとは思っていたけど…などと言っている母親を尻目に部屋に戻ると、PCチェアの背もたれに買ってきたハサミで切れ込みを入れた。

 その切れ込みにUSBケーブルを刺して、反対側を僕のズボンに入れて座ると、やっぱりというべきか、充電されていくのを感じる。

 良かった、これで充電するために数時間かける必要もなくなる。

 その間、製造者が言っていた、病院に行ったら?という言葉を思い出していた。

 僕を製造しておいて面白いことを言うものだ。病院に行ったところでどうにもならないだろう。だって僕はロボットなんだから。正しくは工場じゃないか。

 そうだ、工場なら、何か分かるかもしれない。

 ケーブルのおかげで少し動いても充電はされたままだろう。

 久しぶりにPCの電源を入れて、僕をメンテナンスしてくれそうな工場を検索することにした。


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ロボット少年 ボラギノール上人 @shiki1409

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