第4話 work for power
四
不破寮には壁にはめ込まれた姿見がある。
一見は普通の鏡だが、これは扉としての役割を持つ。
この世とあの世の狭間に移動するのに使用されたりや、現実世界のあらゆる場所に移動することが出来る。
結界を貼り、化生の侵入を防ぐ狭間の中の不破寮。
その中庭に晋はいた。
学園関係者のギフトによって生み出された人形が目の前にいる。
普段はただの塊だが触れた人間が早期した存在の形や能力を再現する。
晋が再現させたのはあの男だった。
「
鼓動のドラム。
人形は言葉を発しない。
故に火蓋は静かに切って落とされる。
中庭の芝を蹴り、体が前に進む。
振られる人形の腕……来る。
「!」
一気に真横に跳ぶ。
地面を這うように襲い来る斬撃をかわした。
二発、三発と飛んでくるのをかわしていく。
額に汗が浮かぶ。
しかし、晋はそれを気にしない。
たとえ目に入ろうとも同じように振る舞うだろう。
(うっとうしいな……)
迂闊に近づかせないように飛ばしてきているのが分かる。
しかし、これを見るのは一度目ではない。
故に一度目よりもギフトの中身が見えている。
(地面を這ってるなら……)
迫る斬撃に向かって跳躍。
前に弾けた体。
その足に斬撃は届かない。
もっとも相手が手の内を全て明かしていない以上、実際に再び戦うとなればやり方を変える必要があるだろう。
(……まぁ、そう来る)
走り幅跳びのように迫る晋への反撃。
平手打ちの形で振りかぶられた腕。
切られる。
背筋を伝う冷や汗。
それを振り切るために思考を巡らせる。
体にまとわりつく嫌な感覚を置いて進め。
「……しっ!」
小さな曲線を描いていた晋の移動経路。
その体が斜め後ろに下がった。
まるでボールが壁に弾かれたかのようであった。
後方に引っ張られながら落ちる。
足が地面に踏み締め、再び弾ける。
今までよりもずっと早い踏み込みの速度。
相手の攻撃は空を切っている。
迎撃が来る前に仕留める。
その思考が実現する。
もはや回避は間に合わないほどの距離。
晋の拳が人形の腹に打ち込まれた。
膨らむ霊力。
殴り抜きながら吐き出す意識で。
「
拳を銃口として圧倒的衝撃が人形を襲う……はずだった。
「!」
四則炎斬が発動しない。
殴り飛ばした勢いそのままに人形が二歩三歩と下がった。
(ここまで使うつもりじゃなかったけどな……)
計算外。
たが、意識は切らさない。
晋は再び四則炎参を発動しようと身構えた。
「……ん?」
人形が動かない。
それどころか形が崩れひとつの塊になった。
予め設定していた時間が過ぎたらしい。
それまでに仕留められなかったのは反省すべき点だろう。
ため息混じりに深呼吸。
全身から汗が吹き出る。
「おい」
背後から声がして、振り返ると姫流がそこにいた。
眉間には深いシワが入っており、ずんずんと晋に近づいてくる。
「何してる」
「訓練だよ」
「オーバーワークだぞ」
胸ぐらに掴みかからん勢いであった。
若干気圧されながらも晋は顔に笑みを浮かべた。
「今日の任務のこと忘れたのか?」
「傷は治ってるし大丈夫だよ。それにね、ギフトの拡張の幅が広がったんだ。四則炎斬を小出しにして移動に使うんだ。四則炎参のギアは落ちるけど……」
「お前のギフトは消耗が激しい」
「はは……そりゃあ、そうだけど……でも俺、もっと強くなれるよ」
「……まだ引きずってるのか」
恨みがましい視線。
晋の笑みも徐々に崩れていく。
汗が冷たい。
さっきまであれだけ熱かったのに不思議だ。
「約束だから」
「誰がそれを見届けるんだ? アタシか? そんなのはゴメンだぞ」
「……ごめん」
「……別にいい。ただアタシは誰かの代わりはゴメンだ……アタシはアタシだ……!」
「……ごめん、ほんとうに」
「謝るなら! ……謝るなら、ちゃんと休め馬鹿」
踵を返し、姫流が歩いていく。
その背を追おうとすると鋭い視線が投げられる。
晋は動けなくなっていた。
彼女の視線に、彼女の向ける感情にどう答えていいのか分からないからだ。
「さっさと帰れよ」
「姫流……」
「うるさい」
彼女の背が離れていく。
晋はただそれを見送るしか無かった。
徐々に彼女の姿が小さくなる。
「……訓練しないの?」
寮に戻ろうとする姫流に声をかける影。
あくびをしながら髪をかきあげている結乃である。
「するか」
「じゃあ何しに来たの」
「お前に関係あるか?」
「友達のことだからね……さっきの話、なに?」
答えは沈黙。
とはいえ、そのままで終わるということも無く。
「昔のことだ。気にするな」
「ふうん……傷つくな、教えてくれないんだ。僕がよそ者だから?」
「いつの話をしてる……! 話すか話さないかはアタシが決める」
いくら噛み付こうと結乃は涼しい顔で受け流している。
彼女が多少怒りっぽいのは知っている。
そして、触れられたくなかったり重く捉えていることほどそうやってムキになることも。
「僕もう帰るよ。おやすみ……晋帰るまで待つならほどほどしなよ」
「余計なお世話だ」
そう言いつつ、結乃は寮へと続く道へと足を踏み入れる。
狭間からこの世へと続く道。
一人歩きながらポツリとこぼれた言葉。
「我が友達ながらややこしいなぁ」
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