第5話:それなら目を瞑りましょう
暗闇の中、村民達が向かった方へとしばらく歩き続けているとやや大きめの建造物が見えてきた。宿とは違う雰囲気であり、外部から見た印象としては公民館といった感じだった。窓の中からは明かりが漏れており、どうやら内部に人間が居るらしかった。遠目に見える一軒家を見てみるとどの家も灯りが消えており、恐らくほとんどの住民がここに集まっているものと思われた。
「ここに入ってったな」
「どうするの……?」
「正面から行っても隠されるだけだ。どっかから……」
バレない様に素早く玄関を通り過ぎて建物の横側へと周り込んだ。窓越しにうっすらと何かが聞こえてきたが、何を喋っているのかまでははっきりとは聞こえなかった。そうして見て周っていると一つだけ灯りが点いていない部屋が見つかった。壁に耳を付けてみても何も音は聞こえず、ここは使われていない事が分かった。
「ここから入るか」
「えっ、入るの……? 勝手に入っちゃダメなんじゃ……」
「アイツらは何か隠してる……大方『くねくねさま』とかいうのは作り物なんだろうが、念のため確信を得ておく必要がある」
窓に手を掛けて引いてみると鍵が掛かっているらしく開ける事は出来なかった。そのため、そのまま手で触れている場所から熱源を伝わせて内鍵へと移動させた。そしてそこで加熱させる事で鍵だけを破損させて窓を開ける事に成功した。さっきも含めて、本来なら緊急事態以外はこういった事はしないが、今回は『くねくね』が本当に存在するのか分からない上に村民が何かを隠しているという事もあって行動に移した。
「ほ、本当にいいのかな……」
「姉さんに話は通しておくし、修理代はアタシが出す」
身を乗り出して中を見てみると電気が点いていないせいでよく見えなかったが、杖で辺りを突いてみると窓の下には何も置かれていないという事が分かった。そのまま窓を乗り越えるとやや情けない格好で床の上に転げ落ちたが、幸いにも大きな音は鳴らず気付かれた様子は無かった。手招きをすると翠も同じ様に窓を超えてこちら側に入って来た。支える必要も無かった様で、窓枠に腰掛けてゆっくりと部屋に入った。
「み、みやちゃんどこ……?」
「待ってろ。今点ける」
ドアの隙間から覗く廊下からの光を頼りに歩き、手探りで電気のスイッチを探して押した。パッと灯りが点くと部屋の中には光が満たされ、その全貌を明らかにした。
『くねくね』を模したものと思われる着ぐるみの様な物や『くねくねさまが住む村!』と書かれた
「やっぱりそういう事か……」
「ほ、本当に作り物……」
近くの箱の上に置かれていた巻物の様な物を手に取って開いてみると、そこには昨日学生から見せてもらったものと同じ内容が書かれていた。
『夜ノ見ノ外レニ尾路支山ト云ウ地アリ。コノ村古クヨリ物ノ怪ノ類在リ。彼ノ者、面妖ナ舞ニテ人心ヲ狂ワシ、ソノ身ヲ殺スト云ウ。民、彼ノ者を恐レ奉リテソノ身ヲ封ジントス。サレド彼ノ者、如何ナル術ヲ使エドモ封ジル事
顔を紙面に近付けてよく見てみると薄茶色になっている紙にもまばらな部分が見えた。どうやらこの紙自体が古い物という訳では無く、最近になって意図的に作られた物らしかった。
巻物を元の場所へと戻す。
「あの子自体騙されてたのか? それともグル……」
「あの、みやちゃんこれって……?」
「単純な話だろうな。村興しってやつだ。ネット発祥の怪談を使って人を増やそうって感じか」
「そ、それって効果あるのかなぁ……」
「さぁな。少なくとも意外性はある。どこぞの村じゃ河童が居るとか言ってるらしいし、有り得なくもないだろ」
とはいえまだ『くねくね』が居ないという確固たる証拠にはならない。この村の人間が『くねくねさま』という存在をでっち上げたのは事実だった。しかし基になった怪談が存在する以上、それが創作であると言い切れないため調査を続けるしかない。
一旦この場所から出ようと電気を消して窓の方へと振り返った瞬間、窓の外で何かが一瞬通り過ぎた。この真っ暗闇の中でもはっきりと見える程白い色をしていた。どんな動きをしていたかまでは観察出来なかったが、何かが通ったのは確かだった。
「……翠、こっちに来い」
「えっ?」
「いいから……」
翠を側に寄せて扉に背を任せながらしばらく窓の外を凝視していたが、物音一つせず何かが通る事も無かった。確認をするために動こうとした瞬間、耳をつんざく様な叫び声が突如として響き渡った。その声は宿で仕組まれていたあの叫び声とは違い、断続的でありながら抑揚のある気味の悪い叫び声だった。
「なっ何!?」
「まずい……!」
叫びが続く中、急いで扉を開けて廊下に出ると音の発生源を探すために歩き回った。そして人の気配がする部屋に近寄ってドアを開け放ってみると、そこには叫び声を上げ続けている女性とそれを取り囲む村人達の姿があった。その女性は三矩さんと一緒に宿の扉を押さえていた人物であり、どうやらこの人物も最初から仕組まれていたらしかった。
「オイ! 何してンだ!」
突然の客が入って来た事に驚く村民達を押し退けて近寄る。女性は目をカッと見開き、瞳孔は完全に開ききっていた。口元は大きく開かれて叫び声を上げ続けており、喉を切ったのか時折ゴポゴポと血が泡立つ音が聞こえてきた。
「お、お客様! どうしてここに……!」
その場に居た三矩さんが酷く動揺した様子を見せた。恐らくこの女性の状態は予想外の事らしく、他の村民達の顔を見てみても慌てふためいているばかりだった。
「翠ッ!!」
翠が持つ術式で除霊などが出来ないかと考え対処を任せる。その間アタシは三矩さんに詰め寄り、状況を確認する事にした。
「何があった……?」
「お、お客様、なっ何でここが……」
「いいか。アタシらを騙してた事に関しちゃ怒ってねェ。だがマジで怪異が居るってのにそれをダシに外から人間呼ぼうってのは感心出来ねェぞ」
「ま、待ってください! わ、私共は何も知らないんです……!」
「知らない訳がねェだろ!! 『くねくね』ってのァネット発祥の怪異だ、調べりゃ誰でも出るンだよ!!」
三矩さんはこちらの目を見る事もせずに顔中を汗で濡らしていた。何かを喋ろうと口をもごもごさせていたが、はっきりと分かる様な事は喋らなかった。
「……見たのか?」
「えっ……」
「『くねくね』だ!! どうなンだ!!」
「なっ、何かが窓の外で動いて……そうしたら伊藤さんが急に……」
窓の外へと目を向けてみたものの既にそこには何も居らず、彼らが見た『くねくね』が何なのかは分からなかった。
クソ……この感じだとマジで居るっぽいな……。しかもアイツは建物の外に居る。『くねくね』がこんなに近くで確認されたって投稿内容は見た事がないが……。
「みっみやちゃんっ!」
翠の声を聞き、振り返った瞬間「バギッ!」という音が響いた。目の前には左腕があらぬ方向にへし折れている伊藤さんと呼ばれた女性の姿があった。未だに叫び続けているが目からは涙が
「オイ誰か止めろッ!!」
アタシの怒号でハッとした村民の何人かが止めに掛かったが、あまりの暴れように上手く近寄る事すら出来なかった。そして再び「バキッ!」と響き、右腕も変な向きへと曲がっていた。かなり強い力が掛かったのか折れた部分から骨が飛び出しており、かなりグロテスクな見た目になっていた。翠もあまりそういったものを見慣れていないという事もあってか、顔から血の気が引いていた。辺りを漂っていた折り紙達も不安定な動きになり、とても術が実行出来る状態ではなかった。
「翠もういい下がれ……」
「でっでも……」
「無理だ……そこまでいくともう……」
悲鳴が上がる中、震える翠の肩を引いて引き離すととうとう女性は足まで妙な方向へと曲がり始め、体や口内から血を吹き出す様にして絶命した。遺体の手足はうねる様に様々な方向へと曲がり、体からは血の気が引いて白くなっていた。
部屋の中は泣き声や悲鳴でごちゃ混ぜになっており、冷静さを保っている人間はとても居そうになかった。中には外へと出て行こうとする人間まで出る始末だった。
「オイどこ行く気だ」
「決まってるだろ! ここに居たら殺される!!」
「居ても居なくても殺されるぜ」
「ど、どういう意味だ……」
「あんたらが『くねくねさま』とか言ってた奴はマジで実在した。村に人を呼び込むマスコットじゃなく、バケモンとしてな」
「だからどういう……!」
「……三矩さん、ああいうのが出たのは初めてなンだな?」
突然話を振られた三矩さんはビクッとしたがすぐに答えた。
「え、ええ……今日になって初めて見ました、ええ……」
「……幽霊ってのはそういう話をしてると引き寄せられてくる。聞いた事あるか?」
「き、聞いた事くらいはあるが……」
「怪異も同じだ。ただの創作だった筈の『くねくね』があんたらの創作によって引き寄せられた」
「み、みやちゃん……じゃあ『くねくね』って……」
「あくまで憶測に過ぎねェよ。だがそれが一番確率が高い。別の『何か』が『くねくね』の話を取り込んで自らに形を付けた。あんたらが望んだ通りの『くねくねさま』としてな」
フッと部屋全体が寒くなり、何かから見られているかの様に感覚に襲われた。他の者も同じらしく、キョロキョロと部屋の中を見渡す者も出始めた。
「全員真ん中に寄れ! 絶対に窓は見ンじゃねェぞ!」
最早口答えする気も無くなったのか村人達は言われた通りに部屋の真ん中に寄り始めた。同じ様に集まった三矩さんに話しかける。
「この村、何かあるのか?」
「な、何かとは……?」
「『くねくね』は作りモンだ。他の何かがそういう形を取ってるだけに過ぎねェ。だが0から1は生まれねェ」
「ま、まさか……」
「何だ?」
「わ、私の祖父は村長をやっていたのですが、昔言ってたんです。『この村は昔、自分が子供の頃、子供の間引きがあった』って……」
部屋が一層冷えていく感覚がする。部屋の中に居るというのに外で何かが走っているとはっきり感じ取る事が出来た。
力が強くなってるのか……? 外の感覚がこんなにはっきり伝わってくるなんて普通じゃないぞ。もし三矩さんの話が本当なら、間引きで殺された子供の霊が『くねくね』の噂を取り込んで形を変えてるのかもしれない。子供の霊は大人以上に厄介だ……精神的なブレーキが効きにくいから下手をすれば村が壊滅する可能性もある。
「どこであった?」
「そ、祖父が使っていた家の裏に林があるんです。昔そこで遊んでる時に井戸みたいなのを見た覚えが……」
「井戸か?」
「今思えば井戸かどうかも定かじゃありません……。ですが考えられるとしたら、そこぐらいしか……」
「場所は?」
「ここから出て左へ行けば見えてくるかと……」
「……分かった。いいか、絶対動くなよ。目ェ瞑ってろ」
具合が悪そうにしている翠の手を引いて部屋を出ると廊下の電灯がパチパチと明滅していた。先程まではしっかり点いていたというのに急にこうなるというのは家の資料にも載っていた。強い霊力を持つ存在は本人の意思に関係なく、様々な物体に影響を及ぼす事があるらしい。原理は不明らしいが、こういうのは死んでみなければ分からないのだろう。
「翠、大丈夫か?」
「う、うん……外行くんだよね……?」
「ああ。ヤバそうだったら目閉じろよ?」
正面玄関を開けて外に出るとすぐに扉を閉めた。何かがこちらに急接近してくる様な雰囲気を察したからである。しかし扉を閉めるとすぐにその気配も止まった。
「翠、手」
「うん……」
はぐれる可能性を少しでも避けるために手を繋ぎ、言われた通りに歩き始めた。腰から下げた小型ライトのおかげで足元は問題無く見えていたが、数メートル先はほとんど何も見えていない状態だった。夏だというのに冷たい風が頬を撫で、虫の鳴き声一つさえも聞こえない程静寂に包まれていた。虫も異常な気配を察知しているのかもしれない。
「翠」
「な、何?」
「場所そのものを封印する方法はあるのか?」
「う、うん……一応お家から
「分かった。多分その方法で行く事になるな」
しばらく歩き続けていると一軒の家が見えてきた。ライトを向けてみると、しばらく使われていない事が分かる程周囲の植物が伸びており、壁もボロボロになっている様だった。更に近くに寄ってみると屋根の瓦が数枚落ちており、庭に置いてある自転車にはツタの様なものが絡みついていた。
「翠、足元気をつけろよ」
「うん……」
家をグルリと周り込んでみると、三矩さんから言われた通りに裏手の林があった。そこに足を踏み入れてみると一層冷え込み、何故か先程まで暗かった筈の周囲が薄っすらと明るくなってきた。それこそ木の表面のゴツゴツした
「どうなってる……こンなの見た事ねェぞ」
「何か肌がピリピリする……いったいどれだけ……」
数分歩くと突然開けた場所へと出た。その場所は周囲を林に取り囲まれており、中心に話に上がっていた井戸の様な物が鎮座していた。その中からは冷気が流れ出しており、近寄れば近寄る程に今が夏だという事を忘れてしまう程の肌寒さを感じる事となった。そして井戸の周りには円を描く様にして縦に伸びた楕円形の大きな石が並べられていた。
「間違いねェ……ここだ」
「うん、ここしか無いよね……」
翠はショルダーバッグから蝋燭を取り出すとこちらに渡し、続けて注連縄を出した。
「み、みやちゃんは蝋燭をお願い。注連縄は私が……」
「分かった。どこ置きゃいいンだ?」
「あの井戸の上に円を描くみたいにして」
そう言うと翠は近くの石へと駆け出して縄を括り始めた。恐らく全ての石に括るまでには時間が掛かる筈であり、その隙に襲われる可能性もあった。そのため、もしもに備えて杖から地面に熱源を伝えて、そこから翠の体へと登らせた。翠はその事に気付く事はなく、黙々と作業を進めていた。
「さて……」
アタシは井戸の側に近寄ると蝋燭を並べながら中を覗き込んだ。まるで漆黒の如く真っ暗であり、中からは異臭が漂っていた。そして蝋燭用に熱源を移動させていると微かに笑い声が聞こえた。その声は井戸の中からのものであり、完全に子供の声だった。そして底で小さな手がピタリと内壁に張り付くのが見えた。
まずい気付かれた……こいつらは『くねくね』の真似事をしてるに過ぎない。だが、もしそうなんだとしたらどうしてアタシは生きてる? 正体を理解してしまうと発狂するというのが『くねくね』の話に共通している点だ。でもアタシはこうして正気を保ってる。つまり完全な模倣は出来てないって事だ。何か条件がある筈だ。
「み、みやちゃん終わった!?」
「ああ、こっちは終わったぞ。悪いが急いでくれるか。下から来てる」
「あ、あと一個で終わるっ!」
再び笑い声が聞こえる、そしてそれに混ざる様にして泣き声や叫び声も聞こえてきた。どれもこれも子供の声であり、ここに捨てられた事に対する嘆きや家族に対する怒り、そしてどうする事も出来ない状況からの逃避から来るものの様に思えた。
白い手は増え、真っ白で面長な顔が姿を見せる。最早それは子供どころか人間にすら見えないものだった。
「みやちゃん終わった!」
「よし点けるぞ」
翠に付けた以外の熱源を一斉に加熱して蝋燭に着火する。すると翠は目を閉じて静かに唱え始めた。それはまだアタシや翠が姉さんの下に居た時に、翠がよく姉さんから教えてもらっていたものだった。
「掛けまくも
なるほど。封印するというよりも、清めて成仏させる事を優先する感じか。確かにこの『くねくね』達も元は幼い子供だ。もしかしたらくねくねと踊っている様に見えるのは、この井戸の底から出ようともがいたり跳んだり、暴れたりした姿なのかもしれない。自らのその姿を『くねくね』という噂話に重ねたのかもしれない。それならば、成仏させてやるのが仏心というものだろう。
目を閉じて手を合わせ口を開く。最早井戸の底など見る必要すらない。翠と共に声を合わせる。
「
祝詞を唱える際中に冷たい手の様な物が顔に触れるのを感じたが目を開ける事は無かった。いや正確に言えば、目を開けても良かったのだが開ける必要性が無いと感じたのだ。唱えている内に彼らが狙うのが何なのかを理解したからだった。
彼らが狙っていたのは自分達を捨てた親族やその血を引いている兄弟や一族だったのだ。自らの無念を晴らすために『くねくね』という存在の形を借りて、見た者を狂わせた。何故狂ったのかは今となっては分からない。井戸底の彼らと同じ感覚を味あわせられたのか、あるいは別の何かなのか……いずれにしてもそうして
何故自分がこんな事を理解出来たのかは分からない。彼らに触られる事で記憶や意思が流入したのか、この祝詞に何かそういう力があるのか、それとも単にアタシの思い込みか……。しかしそれも考えるだけ無駄だった。これで全てが終わるのだから。
「……今日の夕日の
唱え終わりゆっくりと目を開けるといつの間にか蝋燭の火は全て消えており、夜とは思えない程明るかった一帯は真っ暗闇に包まれていた。井戸を覗き込むと底には子供のものと思われる人骨がいくつか残っていたが、冷気はもうどこにも感じなかった。
「終わった、のか」
「うん……あの子達もこれで、もう苦しまなくていい筈だから……」
「そう……そうだな」
二人で共に井戸に頭を下げると注連縄や蝋燭をそのままそこに置いたまま林から出る事にした。全てが終わったとはいえ、これは決して忘れられてはならない事柄だ。憑り殺された伊藤さんも苦しみ続けたあの子達も、決して忘れられてはならない。必ず覚えておかなければならない事だ。
全てを終えたアタシ達は公民館の様な場所へと戻り、事の
そして宿に戻り一夜過ごしたアタシと翠は、翌日の始発バスで帰る事になった。三矩さんや亡くなった伊藤さんの夫、その他一部の村民が見送りに来てくれた。どうやら来られない人達は伊藤さんの遺体を火葬場に運ぶために準備を進めているらしかった。
「じゃあ、アタシらは行きます」
「お、お世話になりましたっ」
「本当になんとお礼を申し上げれば良いか……」
「貴方が思い悩む事じゃないですよ。ただ、あの子達の事や伊藤さんの事、忘れない様にしてください」
「ええ、ええ……永久の安らぎにつける様に……これからは『くねくねさま』を守り神として、慈しむべき存在としていきます。こんなやり方しか出来ませんが、努めていきたいと思います」
「……じゃあバスも来たんで、これで」
三矩さん達に頭を下げるとバスに乗り込み一番後ろの席に座った。目をやると三矩さんはこちらに頭を下げ、伊藤さんの夫も涙を流しながら頭を下げていた。その姿も豆粒の様に小さくなって、やがて見えなくなった。
翠は膝の上に抱いていたリュックを強く抱いた。被害が少なく済んだものの一人の死亡者が出てしまったという事が彼女の心に引っ掛かりを残しているのだろう。実際自分も何とかしたら彼女を止められたのではないかと考えてしまう。あの時、危険を承知で伊藤さんの頭部を加熱して気絶でもさせれば止められたのではないかと考える。無意味だったかもしれない、しかしやる価値はあった。気が動転していたとはいえ、守れる可能性のある命を守れなかった。
これといった理由は無かったが、窓の外を眺める。目にゴミが入ったのか少し潤んでしまう。そして太陽の光が反射したのか視界に白い揺らめきが一瞬走った。それが手を振る人に見えただのと言うのはいささか詩的過ぎるだろうか。
そんな考えを伏せる様に口を
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