第4話:尾路支山とくねくねさま

翌朝4時頃に目を覚ましたアタシは、まだ寝ぼけまなこの翠を起こして家を出た。夜ノ見駅から出る4時30分の始発へと乗り込むとまだうつらうつらとしている翠を座らせ、支える様にして隣へ座った。8月という事もあって日は既に昇っており、空を水に溶いた青絵の具の様に染めていた。

 心地良い発車メロディがホームに響き、電車はゆっくりと走り始めた。まだこの時間帯は利用者も少なく、離れた椅子にまばらに座っている人々が幾人かいる程度で暑苦しさは無かった。空調が効いているからか翠はすぐに寝息を立て始め、リュックを膝の上に抱いたまま眠り始めた。バランスを崩して倒れない様に肩で支えながらスマホを開き、あの投稿がされていたSNSへとアクセスする。


「……」


 場所はここで間違いない筈だ。尾路支山おろしやまと呼ばれる地域。家にあった資料を見てみても、かつて怪異が出たという記録は特にされていない場所だった。これといった名産品がある訳でもなく、かといって名所がある訳でもない。これといった特徴のない寂れた村だった。『くねくね』の様な不可思議な存在が出る場所としてはうってつけではある。


「んぅ……」


 翠は強くこちらに体重を掛けたせいか倒れ込んできた。急いで足の間に置いていた杖を除けて翠の頭が膝へと降りてくる様に手で支えて誘導した。足に翠の頭部が乗り、ズシリと重くなる。しかし左足だけは感覚が少し鈍く、かろうじて感じる事が出来る程度だった。

 いつしか眠りに落ちていたアタシがふと目を覚まし腕時計に目をやると既に1時間半程経っており、電車内のアナウンスで目的の駅に着く事を告げていた。それを聞き、翠の頬を軽く叩いて覚醒させると掴まり棒を支えにしながら立ち上がり、開閉するドアの方へと寄り乗車券を運賃箱へと入れた。

 到着した駅は尾路支山地区に近い駅で所謂いわゆる無人駅であり、他にこの駅で降りる人物は誰も居なかった。


「オイ翠しっかりしろ」

「う、うん……ごめん……」


 普段起きない時間から出発したからか、翠はいつも以上に辛そうにしていた。元々朝が強い方では無いらしいが、それが今日は余計にきつそうだった。

 駅から出るとすぐにバス停があり、数分後にはバスが来る事が書いてあった。後から立ち上がるのが大変なため立ったまま適当に周囲を眺めてみたが、どこを見渡しても田圃たんぼか山、点々と建つ家などしか目に入らなかった。


「やっぱしこの辺はこんな感じなんだな」

「え?」

「調べた時にこれといった名産品とかが無かったんだよ。普通何かあったら駅とかに宣伝みたいなの出すだろ?」

「あ、そういう事か。でも、怪異にとってはありがたい場所だね」

「……ま、そうだな」


 しばらくするとバスが到着し、それに乗り込んだ。他には運転手くらいしか乗っておらず、元々このバス自体がそこまで利用されていない様な印象を受けた。適当な椅子に座り外を眺めてみてもやはりこれといった物は無く、長閑のどかな風景が広がっていた。

 しかし、走り出して十分は経った頃だろうか。何気なく見ていた景色に妙なものが映り込んだ。遠く離れた田圃の向こう側に白い何かが揺らめいているのが見えたのだ。突然の事に思わず窓に顔を近付けたが、すぐにその景色は窓の外で流されていった。


「みやちゃん?」

「……翠、もしかしたらビンゴかもしれねェぞ」

「え?」

「今、一瞬だったが白いのが見えた」

「そ、それって……」

「何かと見間違えたのかもしれねェが、確かに白い何かが居た」


 急いで件の投稿を開き、動画のサムネイルを確認した。撮影された場所は違う箇所の様だったが、形は少し似ている様に思えた。もちろん一瞬しか見えなかった事を考えると早とちりするべきでは無いが、『くねくね』の話は本当である可能性が出てきた。

 もしアイツが本物の『くねくね』だったとしたら、どこから来たんだ? 口裂け女は元々存在していた怪異だった。しかしこれはネット発祥の創作、そう思っていた。まさか……事実なのか? 存在が隠蔽されていただけという憶測が当たってたのか……?


 30分程走り続けたバスはようやく尾路支山バス停へと止まった。運賃を払ったアタシ達はバスから降り、目的地へと到着した。そろそろ朝の7時になるという事もあってか、外を歩いている人も出始めており、元々ここの住人ではない自分と翠は目立ちやすくなっていた。


「み、みやちゃん、どうするの?」

「……まずは宿だ。長引いた時様に見つけとくぞ」

「うん」


 途中何度か村人の人に道を尋ねながら田舎道を歩いていると、他の家々よりも大きな建物が見えてきた。木造の宿泊施設らしく、見た感じだと二階まで客室がある様に見えた。他の家と比べてみるとかなり綺麗な建物であり、どことなく最近作られたのではないかという様な印象を受けた。

 引き戸を開けて中へと入ると髪を丁度真ん中で分け、羽織を着た40代程の男性が出迎えてくれた。その人物はペコペコと頭を下げると一発で分かる猫撫で声を出した。


「どうもどうもいらっしゃいませお客様。わたくし、仲居をやっております三矩みかねと申します」

「あ~泊まりたいンスけど、いいですか?」

「ええ、ええもちろんですとも。何泊をご希望ですか?」

「……4泊で頼みます」

「はい4泊で」


 三矩さんは蝿がする様に胸の前で手を揉んでいた。いかにもおべっかの上手そうな人間という印象だったが、別に危害を加える様な雰囲気は無かった。

 二階へと案内されたアタシ達は二〇四号室へと案内された。客室の中は一般的な安めの旅館と同じ様な作りであり、広さも二人で泊まるのであれば問題ものだった。


「こちらのお部屋はどうでしょう?」

「いいっすね。お値段は?」

「お二人で5万6千円になります」


 二人で4泊なのであればこんなものなのだろう。部屋の広さを考えても悪くない値段だと感じた。


「分かりました。じゃあここで」

「はい、ありがとうございます。ではごゆっくり……」


 三矩さんはペコォっと頭を下げると一階へと降りていった。部屋へと入ったアタシ達はすぐに荷物と杖を下ろし、部屋の中の構造を確認した。ふすまの中には布団が三人分入っており、この部屋が最大三人まで泊まれる部屋なのだという事が分かった。テレビは問題無く受信しており、一部チャンネルには繋がらないだけで特に問題は無かった。その後あれこれと見てはみたが部屋には異常が無く。怪異が出た時にたまに発生する異常現象は確認出来なかった。


「部屋は大丈夫そうだね」

「ああ。とりあえずはここが拠点だな」

「じゃあすぐ探しに行く?」

「いや、まずは……」


 アタシは畳の上に腰を下ろして窓際にすり寄る。窓は障子の様な物で隠されており、これがカーテンの代わりになっている様だった。それを開き外を観察し始めると、離れた所にある田圃の近くに白いものが揺らめいているのが見えた。


「翠伏せてこっちに」

「えっ……!」


 翠は這いつくばるとアタシの側に引っ付く様に近寄った。


「い、居たの?」

「ああ……今度は間違いねェよ」

「ど、どんな感じ?」

「……いやちょっと待て」


 下ろしていたリュックから双眼鏡を引っ張り出し、それを通して観察する。


「えっちょっと!?」

「……」

「みやちゃんダメだって! く、くねくねは!」

「翠……行くぞ」

「え?」

「アレのとこだ」


 よく分かっていない様子の翠を連れて階段を降り、外へと出て行く。三矩さんはアタシ達の目的を知ってか知らずか不明だったがニコニコとしながら見送った。


「ね、ねぇみやちゃん。どうしたの……?」

「さっき見たやつは動画のやつとは違うみてェでな」

「え? 違う怪異って事?」

「まァすぐ着くから待て」


 ツッカツッカとしばらく歩くと先程見えていた田圃が見えてきた。そこにはやはり白く揺らめく物があったが、近付くにつれて翠も意味を理解した様だった。

 白かったそれはビニールやトイレットペーパーを人型にした木の棒に引っ付けているだけのものだった。先程感じた違和感はこれだった。


「こ、これは……」

「作りモンだ。どうもおかしいと思ったが……」

「ど、どういう事?」

「さっき宿から見てる時、動きに違和感があったんだよ。動画に映ってた奴はどこか生物的な動きをしてたんだ。だがこいつは見ての通りこんなんだ。無機物が風が揺らめくだけだから生物的な動きは出来ねェ」


 試しにビニールに触れてみるが妙な妖気の様なものは感じず、どこにでもある市販のビニールの様だった。これが偽物なのはこれで分かったが、まだ疑問点はある。一つは、何故こんな物が作られたか。もう一つは、あの動画は作り物だったのかという点だ。


「これ、案山子かかしなのかな?」

「それは無ェな。案山子ってのァ人間に見せかけるモンだ。こりゃどう考えても人間には見えねェだろ」

「じゃあ……何のために?」

「そこが分からねェ……誰が何のためにこれを作ったンだ……?」

「と、鳥よけかな?」

「それこそ案山子でいいだろ」


 念のため写真を撮ったアタシ達は一度考えをまとめるために宿へと帰った。しかし、宿に近付くと中から叫び声が聞こえてきた。何事かと急いで入ってみると、一階にある部屋の扉を客と思しき女性と押さえている三矩さんの姿があった。額には汗がにじんでおり、鬼気迫る表情だった。


「オイ! 何があったンだ!」

「あ! お、お客様! な、何でもありませんよ! お部屋にどうぞお戻りに!」

「何でもない訳ァないでしょう。話してください」

「い、いえ本当に何にも……!」


 三矩さんが誤魔化そうとするのを止めるかの様に部屋の中から叫び声が聞こえ、ドンドンドンと内側から扉が叩かれた。すぐさま空いている手で扉に触れてみると確かに叩いている様ではあったが、加勢する程ではないと分かった。数十秒後にはスンッと静かになり、三矩さんと女性客はホッとした様子で扉から手を離した。


「お、お客様、大変お見苦しい所をお見せしてしまいまして……」

「いやそれより、何なんスか? 誰か居るんですか?」

「……えーとその、実はですね……ここにはその昔から言い伝えられてきた怪物が居りまして……」

「か、怪物っていうのは……?」

「『くねくねさま』と呼ばれておりまして……時折現れるんですよ。そしてそれを見てしまうと……」


 三矩さんは申し訳なさそうに扉を見て『くねくねさま』に関する言い伝えを話した。内容はネットでも話されているものとほぼ同じであり、特に差異の様なものは見られなかった。女性客は困惑した様子で口を開いた。


「ね、ねぇ。私達は大丈夫なのよね?」

「え、ええ……見ない限りは……」

「ちょっといいですか。貴方は?」

「こ、ここに泊まりに来た者です。急に叫び声が聞こえてきて、びっくりして下に降りてみたら……」


 どうやら中で叫び声を上げていた人物とこの女性は面識は無いらしかった。もしかしたら中に居る人物は自分達と同じ様に外を見ている時に『くねくね』を見てしまったのかもしれない。しかしさっきのはそれらしく見える案山子の様な物だった。もしかしたら、存在はしてるのかもしれない。

 三矩さんは溜息をついた。


「え、えっとお客様。申し訳ございませんが、本日はお部屋から出ない様にしてください。危険ですので……」

「ええ。分かりました。行くぞ翠」

「え? う、うん」


 二人で部屋へと戻り扉を閉めるとスマホで撮った写真を開いた。先程見つけた物体を複数の角度から撮った写真であり、見た目には違和感は無かった。更にリュックへと入れてきていた資料を机上に置いて、その隣にスマホを置いた。


「ど、どうしたの?」

「さっき見た時は何とも思わなかったが、もしかしたら呪物の一種かと思ってな」

「見た人をおかしくする呪いって事……?」

「ああ。翠はどう思う。こういうのは専門だろ?」


 翠はリュックから折り鶴入り瓶を取り出して呪いに対する防備をしながら写真を見始めた。時折資料を開いて何かぶつぶつと喋っていたが、十数分すると資料を閉じた。


「……特に何も無いよ?」

「じゃあこれはただの物質って事でいいンだな?」

「う、うん。呪いをかけるには術式を描くか、特定の配置が必要になるんだけどね……でもこれにはそんな法則みたいなのが無いの」

「もしこれが複数あった場合は? 翠がやってる術みたいな感じで」

「うーん……この形だと、それも無理かな。どんな風に置いてもこれじゃあ何も起きないよ」

「そうか……」


 資料とスマホを仕舞う。

 呪いのたぐいじゃない? じゃあ叫んでた人間は何があってああなった? まさか本当に『くねくね』が居るのか? しかしもし本当に居るのなら、何故『くねくね』を模した物を作る必要がある? 不要な混乱を招くだけの様に思える。


「ど、どうするの?」

「ちょっとしばらく考える。テレビでも見ててくれ……」

「う、うん」


 翠は言われた通りにテレビをつけた。どこぞのお笑い芸人が動物と触れ合うというよくある内容だった。

 動物……動物か。もし『くねくね』が一種の動物なのだとしたらどうなるんだろうか? 怪異の一種だとは思うが、もしそういった存在にも繁殖能力があるとしたら? ……そう考えるとアレはダミーか? 『くねくね』の行動範囲を一定の範囲内に収めるためにあえて設置されてるとかか?


 それからしばらくあれこれと考えていたが結局答えは出ずに夜を迎えていた。三矩さんは夕食を運んできた。山菜や野菜などの植物を副菜にしたメニューであり、川魚がメインらしかった。翠はどこかリラックスした様子で過ごしており、自分も今日は休もうかと思っていたところに外から何か音が聞こえてきた。


「翠、何か聞こえねェか?」

「う、うん。何だろ」


 障子を開けてみると、外では村人と思しき人々が集まっており、提灯や松明の様な物を持った数人が外側に立ち、全員で何か祝詞のりとの様なものを歌いながら歩き出した。何かの儀式を思わせる行動であり、こんな夜中に行っているというのが不思議だった。


「みやちゃん……」

「『くねくねさま』の伝承がマジだとしたら、それを鎮めに行くのかもな」

「じゃ、じゃあ追った方がいいんじゃない?」

「いや、それは後だ。それより、ちょっと気になってる事がある。景色が妙なんだ」

「べ、別に変じゃないと思うけど……」

「アタシも暗くてはっきりとは言えない。もうちょっとしたら確かめよう」


 村人達の姿が見えなくなるまで窓から観察し、居なくなったところで行動を開始した。誰も居ない事を確認して窓を開けると、翠に力を付与した折り鶴を飛ばさせた。鶴はなるべく見えやすい様に白い紙を使わせて、昼間に見たあの案山子の様な物の側まで飛行させた。


「み、みやちゃん……こんな感じ……?」

「ああ……そこがベストだ」


 配置についたのを確認したアタシは強く念じ、あらかじめ付与しておいた熱源を一気に加熱させて着火した。するとビニール案山子があった場所がポッと明るくなった。それをすかさず双眼鏡で見てみると、昼間にあった筈のあのビニール案山子が無くなっていた。折り鶴はすぐに燃え尽き、あっという間にその場は暗闇に包まれた。


「そういう事か……」


 窓と障子を閉める。


「え、えっとどういう事? 今のは何が見たかったの?」

「あのビニールのやつだ。あいつが無くなってたンだよ」

「えっ?」

「ずっとアレが何なのか考えてたンだ。『くねくね』を誘き寄せるダミーか、それとも他に何か意味のある何かなのか。色んな可能性を考えた」

「う、うん……」

「だがさっきの村人を見てピンと来たんだよ」


 リュックを探り、腰辺りからぶら下げる事が出来る様な小型のライトを取り出した。それを翠にも渡す。


「もし『くねくねさま』とやらがマジでヤバイ奴なら、もっとバレない様な時間帯に儀式を行いに行く筈だ、外部の人間にバレたらまずいンだからな」

「そ、それは時間的な理由があるんじゃない?」

「あるだろうな、ある意味で」

「……どういう意味?」

「あいつらはわざとアタシ達に見せたンだ。あからさまに怪しい行動を取って疑問を植え付けた」


 スマホを開いて動画を再生する。最早目を瞑る必要すら無かった。再生が終わると翠に渡す。


「今見たら滑稽なモンだな。人間の体にトイレットペーパーか包帯でも括り付けりゃ遠くからでも分からねェ」

「えっ! や、やらせって事!?」

「あくまで憶測の段階ではある。でも確かだろうよ。あのビニール案山子が無くなったのが証拠だ」

「どうして……」

「多分アタシらがアレを見付けたのを向こうは知らない筈だ。アイツらが一番恐れてるのはアレを紛失する事だ。『くねくね』に見える物が誰かに盗られたとあっちゃ大事だからな」


 アタシは壁を支えにしながら立ち上がり、スイッチを押して部屋の電気を消す。


「誰かが片付けたンだろーよ」

「でも叫んでた人は? あの人はきっと見ちゃったから……」

「じゃあ確かめに行くか?」


 杖を持ってなるべく物音を立てない様に部屋を出る。階段をゆっくりと下りて受付を見てみると三矩さんの姿も無かった。恐らく彼もまたこの一件に噛んでいる人間なのだろう。誰も居ない事を確認すると、昼間に叫び声が聞こえていた部屋の前に立ち、ドアノブを回す。しかし鍵が掛けてあるらしく、開く事は無かった。


「翠、離れてろ」


 翠を少し後ろへ下がらせると杖でドアノブに触れた。そこから熱源をデッドボルトとラッチボルトと呼ばれる部分に伝えて加熱した。両方のボルトはドロドロと溶けてドアと壁の隙間に落ちるとグツグツと赤熱した鉄塊へと変貌した。その後杖の持ち手をノブに引っ掛けて開けると、中では一人の男が眠っていた。その側にはラジカセが置いてあり、中にはカセットが一つ入っていた。


「これだな」

「え?」

「このカセットが声を出してたンだ。叩いていたのはこいつだ」

「じゃあ狂ったフリをしてたって事?」

「……こいつに聞いてもいいが、もっといい方法がある。さっきの奴らを追跡するンだ」


 そうして部屋を出ようとした瞬間、男は「うぅむ」と声を上げて目を覚ました。咄嗟に杖の先から床へと熱源を伝えると、そのまま男の鼻の中へと移動させて加熱させた。熱によって毛細血管が破れ、鼻血がどくどくと出始めた。


「んっ、うぁっ……!?」


 男は驚いた様子でアタシ達とは反対側に置いてあったティッシュ箱の方へと向き、慌てて鼻の中へと詰め始めた。その隙にそっと部屋を出ると扉を閉めて何食わぬ顔で宿の外へと出た。そのまま村人達が歩いて行った方向へとツッカツッカと歩みを進める。


「ちょ、ちょっとみやちゃん……!」

「何だよ」

「だ、ダメだよ! あ、あんな使い方したら危ないよ……!」

「心配すンな。どの程度で死ぬかは知ってる」

「そっ、それはぁ……」

「…………顔は見られてねェ。重症じゃねェ。毛細血管がちょっと破れただけだ、すぐ治る」

「う、うん……。ごめん……」

「……いや、アタシもすまん」


 咄嗟にやってしまった。余程の事がない限りは人には使わないと考えていたのにやってしまった。……あの時は仕方なかったが、今のは避けられた筈だ。あっちゃいけねェ……もう二度とあんな事は……。

 震える右手を翠が握ってくれた。何とも情けない事だが、今はこの小さな手がこの心を落ち着かせてくれた。離れた所から暗闇の中ゆらゆらと揺れる白いものが姿を見せた。それを追う様に歩みを少しだけ早める。白いそれはまるで、アタシ達に手招きするかの様にゆらりゆらりと揺れていた。

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