6.すれ違い
少し、ショックを受けたのかもしれない。
花人は去っていくマリアの背をぼんやり見送った。
「嫌われたの、かな……」
ぽつりと零すと、風に乗って花々が揺れる。慰めてくれていることは分かったので弱々しく「ありがとう」と言葉で返す。
マリアが拒絶するように自分を避けた。いや、そういうことは今までにもあった。より苦しいと感じるのは、先日の出来事のせいだろう。
人に見捨てられることが怖いと思うほど、頑張れば頑張るほど、事態は悪いほうに進んでしまう。どうすればいいのかと旅人たちと話した後も延々と考えていたけれど、いい案は思い浮かびそうにない。
後ろに倒れこんで、そのまま空を見上げる。こんなことで悩んでいる場合ではないと分かっているのに、頭の中の雑念は消えてくれなかった。
そして疲れていたのか。マリーゴールドの意識は少しの間落ちる。時間にして半刻か。
意識を引き戻してくれたのは、周囲の騒がしい声。植物がざわめいていたのだ。耳をすませば、子供たちが外に行ったと。
この里は平和だった。
里の近くであれば、子供たちだけでも山や川の食べ物を取ることもあった。そんな平和があったからこそ事態が悪化していたのかもしれない。大人たちと子供では危機感の抱き方がまるで違ったのだ。
念のため植物を通じて子供たちが里にいないかを探す。ほとんどはちゃんといるようだが、何人かが見つからない。見ていない。家からは出た。そして「山に行った」と花は歌うように囁く。
――そして花守もそれを追いかけた♪
ぞっ……と、背筋が凍った。
慌てて、突然変異種の位置を調べるために神経を集中させる。植物たちから返答を聞くなり、マリーゴールドは人目を憚らず駆け出した。
泣いている子供たちにも、驚いている里人たちを意に介さず、里の外へと――。
6.すれ違い
「――今、なんと?」
里長は、もう一度聞いた言葉を確認するように問う。相対するレイは、笑みを張り付けて、にこやかに答えた。
そんな彼の横に立つスイは、頭巾の下からその笑みを眺めて「相変わらず胡散臭いですね」と思いながらため息をつく。
「突然変異種の退治を、俺が引き受けると言ったんです」
この場に集まっていた男たちが、ほっとした様子を見せている。里長は言わずもがな。成功する確証はないけれど、少なくとも希望は見えたのだと。
「ありがたい限りです……」
「ただし、条件が三つあります」
「条件、ですか」
「はい、まずは水と食料、そして薬草の提供を、次の出立のためにお願いします。二つ目。これはルドーに個別に話します。そして三つ目、俺と俺の妹だけで討伐に向かうので、他の方々は里にいてください」
最後の条件で、場がざわついた。二人という点もそうだが、スイを連れていくといったところに対して里人は懐疑的だ。
どう考えても、子供のスイを連れていくことに、理由が見いだせないのだろう。引き受けると言いながらスイをつれて逃げるつもりなのではと。
しかし、里の人間を犠牲にしなくてもいいという提案は非常に魅力的だ。レイが失敗したのなら、また別の手を打てばいい。自分たちには花人もいるのだから……と。
里長も同じことを思っているのだろう。怪訝そうに二人を見比べた後、一つ頷いた。
「最初の条件に付きましては、討伐後という条件ならば……」
「それで構いませんよ。元々次の旅の物資の調達目的でしたし」
最初に報酬だけを要求するというのは交渉としては下策過ぎる。当然討伐後に貰うつもりだ。
あっさりレイが承諾したことに対しては、逃げる気はないことを察したのかほっとしているように、里長が胸を撫で下ろしている。
ただルドーだけは気にくわないと言いたげな顔をしており、集会が解散になるまでずっと口を出さないでいた。
けれど彼も我慢強いほうではないらしい。人がある程度散らばると、真っ先にレイの胸倉を掴んだ。
「どういうことだよ!」
「どうもこうも、集会で言った通りの意味だ」
「ふざけるな! 一人で行かせられるかよ!」
「スイもいる」
彼はどうにもレイの提案は不服だったようなので、ある程度の反発は覚悟していた。故にレイは大して動揺せず、冷静に受け答えをする。
一人戦力に数えられていないスイも不満げな顔をするが、それにルドーは気付く様子はなさそうだ。
「少人数だと都合がいいんだ。勝算はあるし、むざむざ死ぬつもりはない」
「そういうことを言ってんじゃねえよ。次期里長のオレが、旅人に任せて指をくわえて吉報を待てってか!?」
「ルドーは一人息子だろう。危険は避けるべきだ」
「だとしてもだな……!」
彼は彼なりに里長を継ぐ者として、責任を考えているのだろう。しかし、彼の考えはまだ甘いようだ。いや、青いというべきか。
長となるために必要なのは、誰かを率いる力ももちろんだが、「危機管理ができる」という点は何においても優先されるべきだとレイは考えている。臆病なほど慎重であるほうが、なにかと上手く回ることもあるのだ。彼には危機感と冷静さが些か足りないように思えた。
何にしても、連れていくにはレイとスイにとって不都合が多すぎる。どう言いくるめたものかと考えていると、なにやら広場の方がざわついていることに気付く。
一度問答を止めて、広場へ向かう。そこでは里の女たちが数名、慌てふためいていた。その足元には泣きじゃくっている子供たちがいた。
「おい、どうしたんだ?」
騒ぎを聞き、集会に参加していた男たちも集まってくる。切迫した彼らに、真っ先に声をかけたのはルドーだ。
「ルドー! 息子たちが外に出てしまったって!」
「おにーちゃんたちを追いかけて、マリアおねーちゃんも外にいっちゃったー!」
母親らしき女の悲鳴染みた報告と、子供たちの甲高い鳴き声に、場の空気が凍った。
そんな中、スイがレイの外套を軽く引く。
「レイ、マリーゴールドさんもいません。気配はすでに里の外です」
「はぁ……なら、のんびり準備をしている場合じゃないな」
念のためにと外套の下に隠していた武器の感触を確かめる。
そしてスイと頷きあって、走り出した。
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