極彩色のモノトーン

西木ノ木一

極彩色のモノトーン


しかし

しかして

どうしてか


中々どうして

何故なのか


人の心は奇奇怪怪で底暗く

全容なんてまるきりまったく見つめることなどできやしない


そうだ


あの女

あの女が僕を狂わせる


信じられない

全くもって信じられない

僕の心は「僕」という唯一の存在のためにあるというのに


なのに


あの女

あの女が僕の心を狂わせる


理解できない


何故か気持ちがうわ滑りしてまともに思考出来やしない


説明できない


教室で僕の机の前を歩くだけ

たったそれだけの事なのに

長く美しい黒髪が尾を引くように靡いて揺れて

僕の視線は釘付けになる


どうしてこれほど目が奪われて離せない


危険だ

あの女は危険な存在だ


距離を取ろう

視界に入れないようにしよう

そうして離れて遠ざけて

僕の心を取り戻そう


然れば心安らか平穏無事に

日々安穏に過ごせるはずだ


僕の心は再び世界でたった一人

ただ一人の僕だけのものになる


全て世は事もなし

最高な事だ


けど

だけれど

それだけど


それでも人は生きていく

列車みたいにまっすぐ進む「時間」がだらだら続いてく

僕の都合はお構い無しに引き連れ進んで老いていく

やがて「死」という終点駅へ行き着く列車

だらだら続けど生命のレールは限りある


僕が終点駅で振り返り、旅路はどう見えるだろう


僕がいる

母の股からこぼれて落ちて、生まれて足掻いて立ち上がり、言葉を覚えて学舎に入り、社会に出てからそこそこ生きて、生命果てる僕がいる

僕はしっかり自分というものを独占して、ただ一人道を踏み外す事もなくちゃんと生命を進み終える


そう大仰な事もないけれど、生命をまともに全うするだけでも大したものじゃないか

真面目にまともに居続けることは、時に破天荒であることよりずっとずっと労苦がある


だろう?


その旅路の色合いはきっと白くて黒くて混じって灰のモノトーンで、

それはまさしく僕の色そのもので、

僕が僕のためにやり遂げた僕の生命の色合いになるだろう


きっと、そうだろう

ああ

そういうものだろう

そうなのだろう


ハタハタと、僕の視界を再びあの女が横切っていく


瞬間、色が眩く爆発した

青が赤が黄色が緑が

クドくなく淡くなくしっかりとした整った美しい色が

僕の視界を埋め尽くす


ああ、僕の、僕だけの、僕の視界が壊れてしまう

あまりに強い衝撃で僕が僕でなくなってしまいそうになるから

僕は無意識的に拒絶を覚えている


やはりあの女は危険だ

拒絶するよりほかに対処法はないのだ


あの女は教室から出て行った

僕は気取られないよう注意してその姿を横目で追っていた


…拒絶しかない

そのはずなのだ…


でも拒絶感と同時に

この美しい色に

強い強い憧れの感情も存在することを僕は密かに自認している


一体何だというつもりなんだ

どうしたということなんだ

僕の心は僕だけのものなのに

僕の行く末もちゃんと分かっているはずなのに


なのに


僕はあの色に

美しい極彩色の未知なる人に


うん…まぁ……そうだ…





心の底から焦がれてる





そう言葉にしてみると、僕の視界がポコンとちょっと少しだけ、色映えて煌めいた



驚きはあれど意外ではない


人の心は奇奇怪怪で

理解も及ばず解析出来ない何かがある気はしていたのだから


こんな風になるとは思わなかったけれど、

でも何かしら理解できない力が働くものなのだろうと思っていた


視界の端の新しい色を見つめながら、僕は再び二つの感情を拮抗させる


危険だ

でも焦がれる


離れろ

でも目が離せない


結論のでない、僕にしか分からず、意味のない争いを延々と続けて生きていくのだろうか

それも疲れてしまうから、さっさとどちらかに勝って欲しかった

自分がままならず、僕が僕のものでない状態は途轍もないストレスだ


机に顔を突っ伏して、目を閉じて視界を真っ暗にする

次の授業は寝てやり過ごして仕切り直そう


やがていつの日か

視界いっぱいに広がる極彩の世界を夢見ながら

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