白昼夢
いつのまにか、眠ってしまったのか、またあの砂浜に居た。はっきりと夢だと感じる。砂浜という場所はわかるのに、周囲の音も風や波の感触も曖昧にしか感じない。
ぎゅるっぎゅるぐりゅっという音だけは異様にはっきりしている。アレがすぐ後ろにいた。わたしは砂浜を走り、犬を掴んだ。犬の顔面をアレに突っ込む。わんっわんっぎゅるっぐちゅっくぉうん、きゃんっぐじゅっごりゅっばきっごきゅっびくんっびくん、と、様々な音が響き、両手には犬の体の痙攣が伝わってきた。わたしは夢の中で気持ち悪くて吐いた気がした。おろぉうえぼどぼどびちゃぶしゃっじゅるっじゅるっ、と、わたしの吐瀉物の音と、イヌがアレに飲み込まれていく音が混ざり合った。もう、もう起きよう。早く。ヤバいのはわかったから。わたしは走りながら懸命に念じた。
ハッと気が付くと、夕方だった。わたしはあの路地の前に立っていた。さっきの夢は、白昼夢だったのか、もしくはまだ、夢の中にいるのだろうか。周りを見回しても、アレは見当たらなかった。帰宅を急ぐ通行人に訝しげなまなざしを向けられた。
以前見かけた犬は居なかった。路地の向こうにいるのだろうか?わたしはなんとなく気になって、路地の奥へと向かう。奥は少し広い空き地になっていて、周りをビルに囲まれたその空間は薄暗かった。真ん中に細身の男が座り込んでいて、犬に覆い被さるようにしながら体を撫でていた。
なんだ、飼い犬だったのね、と思った瞬間、ぎゅるぎゅるっという音が聞こえた気がした。男は変わらず犬を撫でている。なんとなく声を掛けづらい。男は俯いたまま犬を撫でている。男の顔も犬の顔も見えない。一瞬、あの空洞が脳裏をよぎる。私はすぐ踵を返した。あの音が頭の中をぐるぐると駆け回っていた。
家に帰ると、どうして確かめなかったのかという後悔の念が半分と、確かめてもしアレが居たらどうなっていたのだろうという不安で押しつぶされそうな気分になった。確かめて、普通の飼い主と犬だと分かりたかった。でも、良く考えるとあんな暗がりで何をしてたのかもわからないヤツなら、やはり話しかけなくて正解だったとも思える。顔に空洞が無くたって、おかしなヤツはたくさんいるのだから。
とても疲れた感じがして、ソファに倒れ込んだ。アレはどうにかして殺さなければならない。あの空洞に何かを突き刺して掻き混ぜるとか、そんな安直な方法しか思いつかないけれど。身体を刺したり首を絞めるのはダメね。噛まれたらきっと終わりだから...。
あれから、すぐにまた夢を見ている。やはりよほど疲れてたんだ。あの砂浜だ。目の前に歪んだ鉄パイプが突き刺さっている。少し錆びているけど使えそう。さすが、夢の中はご都合主義だわ。
今度は自分からアレを探す。すぐに見つかって、あの空洞に鉄パイプを突き立てる。がきゅっと音がして、歯が食い込んだ感じがする。アレは倒れ込んで、わたしは倒れたそれに更に鉄パイプを押し込んでいく。歯が蠢いて、噛みつきが少し緩んだ瞬間、ずるぅっと奥に入り込んでぐちゅっと音がした。そのままパイプを右に左に動かすと、ぎちゅぐちゅぐちょっと、水音が鳴って、パイプの中を通って赤だか黒だかわからない生臭いドロドロが流れ出てきた。アレの体はその間、ずうっと、あの犬のようにびくんっびくんっと痙攣している。
やったかな。意外に簡単に殺せるな。パイプを掻き混ぜてぶちぶちという感触がしたあたりでそんなことを思った。アレの体の痙攣はもう止まっていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます