第37話
アリエは足に強化を施し、石造りの巨人の真上に跳躍する。宙に閃いた数個の魔力筺を掴み取り、そのすべてを己の体内に取り込んだ。真下に手をかざし、自然の奇跡を再現する言葉を紡ぎ出す。
「
手のひらに展開された巨大な魔法円から姿を現したのは、巨大な氷の塊だった。石造りの巨人を丸ごと覆い隠すほどのそれは、重力に従って落下していく。接触した瞬間、石造りの巨人の全身に亀裂が走り、押し潰されるとともに粉々に砕け散った。
冷気が広がり、白い煙が立ちこめる。その中で何かがうごめく。晴れていく視界に映るは土塊。地面が盛り上がり、巨人の姿を形作っていく。今までとは違い、全身を再構成しなければならない。当然、使用する魔力は段違いだ。
これで魔力は分散され、すべての準備が整った。
シャノンは巨大な魔力筺に手を触れ、その力を変化させる。巨大なランス。円錐の先端は鋭く捻れ、螺旋を描く。膨大な量に操作が追いつかず、形を保ち切れなかった魔力がその周囲に漂う。肉体強化を施し、魔力を穂先に集中して破壊力を高める。
腕が、全身が悲鳴を上げた。脳が焼き切れそうなほどの激痛が走る。それでも、止まるわけにはいかない。二人が作ってくれたチャンスを無駄にできない。
シャノンは足を踏みしめ、ランスを持つ腕を背中に引いた。そして、全身全霊を持って思い切り突き出す。
瞬間、壁が吹き飛び、轟音が響く。巻き起こった風が土煙を霧散させ、目の前に巨大な穴が開いた。その先には地面に突き刺さった剣が整然と佇んでいる。
シャノンは全身に痺れたような感覚を抱きながら、それでも足を前に進めた。
そこへアリエの悲鳴が飛ぶ。
「シャノンちゃん! 避けて!」
振り返るシャノンの目に飛び込んできたのは、右腕を振りかぶる石造りの巨人だった。復活した直後、アリエを無視してシャノンへ向かって来ていたのだ。
シャノンはその攻撃を間一髪のところで避けるも、バランスを崩して地面に倒れた。すぐに立ち上がり、顔を顰める。
小部屋を塞いでいた壁は、すでに修復を始めていた。このままではまた振り出しに戻る。
追撃を仕掛けようとする石造りの巨人を無視して、シャノンは地を掛ける。コアを壊すために作ってあった魔力筺で全身を強化し、悲鳴を上げ続ける身体を酷使して通路へ飛び込んだ。
だが、あと一歩のところで、シャノンは届かなかった。
盛り上がった土が横から迫り、シャノンは為す術なく飲み込まれた。世界が閉じ、暗闇に包まれる。壁の中へ取り込まれ、道が途絶えた。
息苦しい。身体を動かそうとしても、びくともしない。
背後、遠くの方から声がする。二人の悲鳴。だが、それもすぐに聞こえなくなった。
――このまま死ぬのか。
シャノンは抵抗をやめて力を抜いた。貧弱な身体で暴れたところで、この壁を壊せるはずもない。魔力がなければ、シャノンはただの弱者に成り下がる。
そのとき、指先に硬いものが触れた。ちょうど太腿辺りだ。何とか指を曲げて、それ確認する。
四角い筺の形。
シャノンは口元に引き攣った笑みを浮かべる。
それは希望であり、絶望でもあった。
「ごめん、ファリレ」
右手を無理矢理に動かしてポケットの中へ指を伸ばす。硬化した土に皮膚が抉られる。曲げた関節が悲鳴を上げる。
シャノンはその痛みを断ち切るように雄叫びを上げた。骨が折れる音が響く。肉が削れる。それでも手を伸ばした。
指先が魔力筺に触れた瞬間、それを前方に向けて爆発させた。壁が粉々に吹き飛び、目先に剣が見えた。
だが、その代償は大きかった。右腕は血まみれで、ピクリとも動かない。右足は何とか動くものの、腕と同様に真っ赤に染まっていた。
だが、それでも足りない。左側の腕と足は壁に囚われたままだ。
シャノンは再び吠えた。大地を震撼させるような唸り声とともに、左の腕と足を力尽くで引き抜く。皮膚が削れ、肉が抉れ、大量の血液をまき散らす。しかし、それで四肢が自由になった。
もはや痛みなど感じない。音もなく、視界以外のすべての感覚が消えていた。霞みそうになる意識を気力だけで繋ぎ止め、シャノンは足を踏み出す。
剣に左手を伸ばした。
――これで、終わる。
あと少し。あと少しで触れられた刹那、周囲の地面が無数に盛り上がる。それは細い杭となって、無情にもシャノンの全身を貫いた。
「がっ――」
地面に繋ぎ止められたシャノン。動けば、身体が千切れることは容易に想像できた。これ以上は進めない。頭はそう結論づけた。
ここまでだ、と。
――それでも。
この手を届かせたい。
ファリレのために。
アリエのために。
そして、他ならぬ自分のために。
理屈ではなかった。自棄になったわけでもない。
どうあるべきかではなく、どうありたいか。
それは他ならぬ魂の叫び。
ファリレと出会う前ならば、諦めていたかもしれない。しかし、ここにいるのはファリレと出会った自分だ。
この手には、理想を叶えるための力があることを知っている。
勇者を夢見た少年は、その道の始まりに手をかける。
剣の柄を握ったシャノンは、飛びそうな意識の中でコアの魔力を吸い盗り、自らの力として返還する。剣全体を魔力の粒子が靄のように覆い、青光がほとばしる。シャノンの雄叫びとともにその輝きは増し、ついに剣身に亀裂が走った。
シャノン自身もそのあおりを受け、手が、腕が爆ぜる。だが、それでも放すことはなく、さらに魔力を流し込む。
次の瞬間、耐えきれなくなったコアが粉々に砕け散った。
背後で大きな音が鳴る。壁が崩れ落ちる音。同時にシャノンの動きを止めていた杭が土に戻り、地面に流れ落ちた。
もはや自らの足で立つことすらままならないシャノン。支えを失い、その身を地面に投げ出した。
遠のく意識の中で、声が聞こえる。
それが誰のものなのか、考える前にシャノンの意識は暗闇に飲み込まれた。
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