第36話 魔力筺

「本当に大丈夫なんでしょうね?」


 石造りの巨人の動きを妨げながら、小部屋を塞ぐ壁の前に集合した三人。


 怪訝な表情を浮かべるファリレに、シャノンは大きく頷いた。


「魔力操作に長けてるアリエさんなら、できると思うんです」


「さっきも言ったけど、あたしは魔力切れよ? 囮に使ったところで大した時間は稼げないと思うんだけど?」


 すでにコアについての推測はアリエに話してあり、その可能性が一番高いということで意見は一致していた。今は剣を壊すための方法を詰めているところだ。


「はい。もちろん、アリエさんを無駄死にさせるようなことはしません。俺は奴隷を使い潰すような薄情な男じゃないです」


「さらっとあたしを奴隷呼ばわり……そんな綺麗な顔で言われると――興奮しちゃう」


「アリエさんには石造りの巨人と戦って貰います」


「おやおや? もう潰しにかかったのかな? 早くない? お姉さん、早漏はちょっと……」


「アリエさんには石造りの巨人と戦って貰います」


「……分かりましたあたしが悪かったです申し訳ありませんでした話を進めてください…………」


 シャノンは嘆息混じりに、作り出した魔力筺と魔力剣をアリエに差し出した。


「武器はこれです」


「ん? ちょっといいかな? これ、使って大丈夫なやつ? シャノンちゃんに切られたとき、すっごく痛かったんだよ? 触れた瞬間に手が吹っ飛んだりしない?」


 シャノンは屈託のない笑みを浮かべて、差し出した手を押しつけるように、さらに前へ出した。


「とりあえず、少しだけ触れてみてください。もし駄目なら、ファリレに治して貰いましょう」


「おお、ドSだね……。お姉さん、本当は強引に来られるの苦手だったり――」


「時間がないので遊ぶのやめてください。自分からするのが怖いなら、俺がしてあげてもいいですよ? 加減できるか分かりませんが」


「うん! 分かったよ!? ちゃんと自分で触るからそれ以上近づけないで!? ファリレちゃんとの扱いの差が顕著すぎてお姉さん悲しい!」


 アリエは恐る恐る魔力剣の柄にあたる部分に指先を伸ばす。触れた瞬間、アリエはびくりと身体を震わせ、手を引っ込めた。閉じられた瞼はすぐに開かれ、しばたたかせる。


「平気、……みたい?」


 アリエは魔力剣を受け取って、軽く振り回す。


「おー、すごく軽いんだね」


「筺の方はどうです? そこから魔力を取れますか?」


「んー、うん! これならいけそう。魔力を物質化すれば貯めておける上に、他人でも自由に使えるんだね。結構便利かも」


 アリエの要請で、シャノンはさらにいくつかの魔力筺を渡した。


 そのあたりで時間切れだった。復活した石造りの巨人が、三人に向けて足を踏み出す。


「アリエさんはできるだけ石造りの巨人を引きつけて、俺が合図したら容赦なく欠片も残さず吹き飛ばしてください」


「わかったよ! ご褒美、期待してるからね!?」


 アリエはとびっきりの笑顔でウインクをして駆け出した。隣でしかめっ面をしているファリレに、シャノンは声をかける。


「ファリレは出入り口の壁を壊し続けて」


「魔力の行き先を分散させようって作戦ね? 確かに、それなら壁の修復力が鈍るだろうけれど、お前にここを破壊できるのかしら?」


「魔力さえあれば、何とかなると思う」


 シャノンは先ほどから壁の前に作り続けている巨大な魔力筺に目を向ける。これだけの量があれば魔力剣を数十は作れる。壁に向けて放出すれば、風穴を開けることは容易いはずだ。


「仕方ないわね」


 準備を終えて手を放そうとしたシャノンの手を握り直し、ファリレはもう一つ魔力筺を作るように言った。


「いいかしら? その魔力は使わずに取っておきなさい。いざというとき、逃げられるように」


「うん、ありがとう。ファリレは優しいね」


「か、勘違いしないで貰えるかしら? お前が私を奴隷にして、お前が私を選んだのだから。そう、言ったのだから。……い、言ったことにはちゃんと責任取りなさいよね!? その前に死ぬなんて、許さないんだから! それだけなんだから!」


 言い訳を並び立てる度に顔の赤みが増していくファリレ。彼女の手をしっかりと握り返して、シャノンは力強く頷いた。


「ファリレこそ、無理はしないでね」


「ふんっ……おま、…………シャノン、もね」


 シャノンが頷くと、ファリレも頷き返す。


 彼女は少しだけ照れくさそうに笑みを浮かべて、出入り口の方へと駆けて行った。


 しばらくして、いくつもの爆発音が重なった。出入り口の壁が破砕、修復を繰り返す。ファリレの魔法の破壊力と壁の修復力は拮抗していて、完全に穴が開くこともなければ、完全に穴が塞がることもなかった。壁の修復に相当な魔力を注いでいるはずだ。


 少し様子を見ても、その拮抗が崩れることはなかった。頃合いと思い、シャノンはアリエに合図を送る。


 小さく頷いたアリエは、逃げに徹した動きと打って変わって、一息で石造りの巨人の懐へ飛び込んだ。叩き潰そうと迫り来る腕をかいくぐり、ポケットから銃弾を取り出す。


「これ、意外に痛いからあまりやりたくないんだよね。――けど、このあとに控えるシャノンちゃんのご奉仕を思ったら、耐えられる痛さだよ!」


 凜とした眼差しでふざけた大声を発するアリエに、シャノンは嘆息しそうになる。だが、彼女の実力はシャノンを黙らせるには十分だった。


「セット――凍てる弾丸」


 アリエが銃弾を指で弾くと薬莢の中で火薬が破裂し、石造りの巨人の腕の関節に打ち込まれた。それは表皮を抉り、内部に食い込む。瞬間、そこを中心に幾何学的な模様の円が広がり、内側から凍結させていく。同じように肩や足の関節にも打ち込んでいき、その全身を氷付けにした。

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