第35話 コアを探せ
今にも涙をこぼしそうなファリレの訴えに、アリエは言われるがままに従う。
シャノンは立ち上がり、ファリレを宥めようとその頭を撫でようとする。だが、触れる前に打ち払われた。
「触らないで!」
「え、ご、ごめん……」
わずかに痛む手を押さえ、シャノンは下がろうとする。だが、その腕をファリレが掴んだ。彼女は上目遣いでシャノンを見る。ため込んだ涙で、その瞳は光を帯びていた。
「そういうのは……二人きりの……ときが、いい……」
消え入るような声で呟かれた言葉に、シャノンはわずかに頬を染めて、息を呑んだ。
「う、うん……」
二人のやりとりを見たアリエは、身震いして自らを抱き締めた。うんざりしたような表情で、口元を歪ませる。
「胃にどっとくる甘さだよ……よくもまあ人前でこんなノロケを披露できるもんだよ」
「こ、これはっ――」
悲鳴のような声でファリレが抗議しようとしたそのとき、何かが千切れる音がした。
振り返ると、そこには魔力紐を引き千切り、腕が自由になった石造りの巨人がいた。
それは体中に巻き付けられた紐を千切っていき、全身を解放する。
「夫婦の営みはその辺にして、逃げた方が良さそうだよ?」
「だから、これは違うって言って――」
「ファリレ、行くよ!」
シャノンは地団駄を踏むファリレの手を取って走り出す。呻き声を漏らし、顔を俯かせるファリレだが、状況は理解しているようで素直についてくる。
出入り口に辿り着こうとしていた三人。だが、盛り上がった土が行く手を阻んだ。唯一の逃げ道があっという間に塞がり、三人は足を止めざるを得なかった。
「逃がす気はないみたいだよ? どうする?」
「魔法で吹っ飛ばすわ!」
出入り口を塞ぐ壁に向けて指を鳴らすファリレ。その瞬間に爆発が起こり、壁に大穴が空いた。
「ファリレ、魔法が使えるようになったんだね」
「ええ、さっさと行くわよ」
再び走り出そうとした三人。だが、ファリレが空けた穴はたちどころに塞がった。
「そんなっ」
もう一度指を弾くが、壊しても壊してもすぐに修復されていく。
「くっ――、クソビッチ! お前も何かしなさいよ!」
「あたしはもう魔力ないんだよ。誰かさんが赤ちゃんみたいに吸うから」
「ごめんなさい……」
「ああ、もう! どうしたら――」
背後に迫る影に気づいたシャノンはファリレの身体を抱えて横に飛んだ。
すぐ後ろで爆発に似た音が炸裂して、砂煙とともに瓦礫が飛び散った。それを背中に受け、シャノンは顔を歪ませる。地面を転がった勢いで立ち上がり、ファリレの手を引いて距離を取った。
「危なかった……」
石造りの巨人が腕を払い、視界を塞いでいた煙が霧散する。
それを挟んだ向こう側には、同じく攻撃を避けていたアリエが走っていた。すでに十分な距離を取っており、彼女の方がうまく逃げたようだった。
「ファリレは怪我ない?」
「ええ……大丈夫よ……」
握っているファリレの手が強ばっていた。頬がわずかに赤らみ、顔を背けている。
「どうしたの?」
ファリレの顔を覗き込む。すると、彼女は一段と表情を赤く染め、仰け反って距離をあけた。頑なに目を合わせようとしない。だが、しっかりと手は繋がれている。
「な、何でもないわよ。…………お前はよく平気よね。裸で触れ合ったのに……」
「ん? 何か言った?」
後半のぼそぼそと喋った言葉が聞こえず、シャノンは耳を寄せる。
ファリレは鼻を鳴らし、慌てて顔を背けた。
「何でもないわよ! それより、今はあれをどうするかが先決でしょう?」
「確かに。コアを壊さないと駄目なんだよね……」
石造りの巨人が粉砕した地面が修復されていく。見渡せば、先の戦闘で破壊された箇所はすべて元通りになっていた。アリエが拳を犠牲にして穿いた場所も、今は平らになっている。出入り口に開いた穴も同様に修復されていた。
「石造りの巨人を壊しても直るし、壁も地面も直るし、万事休すって奴だね……」
シャノンは石造りの巨人から距離を取りながら、ファリレから魔力を貰って魔力筺を二つと魔力剣を一振り作り出す。
「コアが壁の奥や地中深くに埋まってたらお手上げだよね」
「それはあまり考えられないわね。コアとの距離が開けば、それだけ魔力の伝達率が落ちて性能が下がるわ。あれだけの再生力を持ち、かつ壁や地面まで修復できるのだから、近くにあるのは間違いないと思うわ」
その言葉を聞いてシャノンは周囲を見回すも、それらしいものは見当たらない。
「やっぱり壁に埋まってるのかな」
迫り来る石造りの巨人の胸に向け、魔力槍(マギランビアス)を投擲する。肉体強化で速度を増し、さらには剣から槍に変化させたため、一点を貫くという性質に特化している。
石造りの巨人を貫いた槍は、その胸に大きな風穴を開けた。巨躯の動きが止まり、それは修復を始める。
わずかではあるが、これで時間を稼げる。
「コアってどういう形なの? 大きい?」
「分からないわ。ただ、ハーフエルフの洗脳が宝石のイヤリングを触媒としていたみたいに、魔力を帯びた何かが触媒になっているはずよ。例えば、壁に巨大な宝石がはまっている、とかね」
魔力を帯びた何か。ファリレの言うように壁に埋まっているのなら、片っ端から壊していかなければならない。
先ほどのように、ファリレの魔力をシャノンが操作して魔法を行使すれば、その作業も捗るかも知れない。だが、それを集中して行う時間を相手がくれるとは到底思えない。何より、それをするためにはもう一度、素肌を密着させる必要がある。シャノンはいいとしても、ファリレがまともでいれるとは思えない。
それに、いくらファリレの魔力が大量にあると言っても、この広大な部屋をしらみつぶしにするまで保つかは分からない。ファリレの魔力が尽きた瞬間におしまいだ。
ならば、当てをつけて壊していくしかない。どこか。どこかに何か目印はないか。変わったところはないか。
シャノンは魔力剣を作り出し、正眼に構えた。修復を終えて立ち上がる石造りの巨人へ、その剣先を向ける。そこで、はたと気がついた。
「剣……」
「え?」
ファリレが首を傾げる横で、シャノンは部屋の奥にある、塞がれた小さな部屋に視線を向ける。
「剣だよ! 魔力を帯びた剣! 石造りの巨人は剣を守るためにここにいるわけじゃなかったんだ。剣があるから、剣がコアだから、ここにしかいられないんだよ!」
シャノンの瞳から希望の煌めきが溢れ出す。だが、冷静なファリレは難しい顔で眉間にしわを寄せた。
「仮にそうだったとして、どうやってあの部屋に入るのよ? コアに近いってことは、それだけ魔力伝達も早いのよ? 壊してもすぐに修復されるわ」
再び時間を稼ごうと、シャノンは剣を槍に変えて投擲する。
しかし、石造りの巨人は右腕でそれを受けると同時、背後に流した。後方の壁が穿たれ、そのすぐ近くにいたアリエがぎょっとして悲鳴を上げる。
完全にはいなし切れなかったようで、石造りの巨人は腕が半分ほど削れていた。だが、修復を待つことなく、勢いを殺さずに突進を続行する。
シャノンは全身を強化して迎え撃つ。眼前へ迫る攻撃を身軽に避け、魔力剣を翻す。両足を切断して、すぐにファリレの下へ戻った。
「それに、石造りの巨人の邪魔もあるわよ?」
「うん。それなんだけどね。考えがあるんだ――」
シャノンは自信満々に、遠くに避難しているアリエの方へ顔を向けた。
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