第34話 誠心誠意?

 ぴしゃりと言われ、シャノンはげんなりした表情をする。自分が怒られるいわれはないと不満を抱きつつ、ファリレに背を向けて服を脱ぎ始める。鍛えているのにこれっぽっちも筋肉のつかない、薄い胸板が虚しい。細い腕やくびれた腹回りを見ると、情けない気持ちが湧き上がり、何ともいたたまれない気持ちになった。


 上半身裸になると少し肌寒い。まだだろうか。振り返るわけにもいかないので、耳をそばだてる。


 背後からする衣擦れの音が、こんな状況にもかかわらず艶めかしく聞こえてしまう。それに混じる微かなすすり泣きが、また気持ちを揺さぶった。


「い、いいかしら? 目を閉じたままこっちを向きなさい! 絶対に開けるんじゃないわよ!」


「わ、わかった」


「開けてないでじょうね?」


「開けてないから早くして!? 俺だって恥ずかしいんだよ……」


 手を引かれるままに身体を移動させ、前面に温かいものが触れた。滑らかな肌触りで、身体にじんわりと温もりが広がっていく。仄かに甘い匂いが香って、シャノンは思わずそれを抱き締めた。


「ひゃんっ――」


「あ、ごめん……」


 艶のある声が耳元で聞こえて、シャノンは自分がファリレの背中に抱きついたのだと気づいた。


「そ、それ以上お腹に回してる手を上げたら殺すわよ!」


「分かったから、少し静かにして」


 シャノンは深く息を吐いて、気持ちを静めていく。


 肌が触れた温もりの中に流れるものを感じた。目に見えるわけでも、肌に伝わるわけでもない。だが、確かにそこに流れていることが分かる。


 もっと強く感じ取ろうと集中する。その途端、熱を感じて顔を顰めた。火傷したみたいに体中が痛い。


 ファリレの中に感じたそれを表現するなら、太陽だった。


 燃えさかる球体は絶えることなく魔力を生み出し続けている。シャノンはそういうイメージでファリレの魔力を感じ取った。


 それに近寄って操作することは無理だと早々に諦め、太陽から放出されて行くあてをなくし彷徨っている魔力へ触れる。


 彼らの行き先を誘導する。その量は瞬く間に増えていき、焼けるような熱を感じ始めた。


 これ以上はシャノン自身が耐えられない。シャノンは彼らとともに歩き出す。そして、目的地で手放した。


「ぐっ――」


 意識を外へ戻すと、ファリレが苦悶の表情で歯を食いしばっていた。


「駄目、爆発しそうだわ……」


 大量の魔力をファリレの腕へ流し、さらにはその舵を丸投げしたのだ。魔力操作が苦手なファリレだけでは到底制御できるはずもない。


 シャノンは彼女の手に自らの手を絡めた。荒れ狂う魔力を宥め、穏やかで大きな流れに変えてやる。ようやくファリレの表情が和らいだ。


「ファリレ、このあとはどうすればいい?」


「回復魔法をイメージしなさい。手から放たれる光がこの女を包んで、傷を癒やしていく様をね。……私がもっと上位の魔法を使えればよかったのだけれど、現状、できるのはそれだけよ」


 それでも、命を繋ぐ程度はできるはずだ。


 ファリレは玉の汗を浮かべながらも、笑って見せた。


 だから、シャノンも笑う。


 大丈夫だと。そのイメージを共有する。


 シャノンは言われた通りに思い描いた。ファリレの手から大量の魔力が放出され、それが癒やしの光となる様を。傷口に沁みていき、それが血となり肉となり骨となり、傷を塞ぎ、欠損を元に戻す。それを強く、祈るように想像した。


 次の瞬間、ファリレの手が瞬いた。淡い光を帯びた彼女の手。その輝きはすぐに増していき、あっという間に三人を包み込んだ。


 身体の奥に広がっていく温度を感じて、シャノンは目を見張った。痛みや疲労が消えていく。それは以前、ファリレに回復魔法をかけて貰ったときと同じ感覚だった。いや、そのときよりも絶大な効果がもたらされていることを実感できる。


 ファリレのひしゃげた腕も見る見る修復され、綺麗な白い腕に戻った。アリエも同様で、見るも無惨な傷がたちまち塞がり、元の姿に戻っていく。


「何、これ……」


 驚きの声を漏らすファリレ。明らかに自らの回復魔法の効果を越えていることに動揺していた。


 シャノンは彼女の身体を抱き締め、耳元で微笑む。


「ファリレの魔法だよ」


「けど、私にこんな……」


「自信を持って。これがファリレの本当の力なんだから」


 光は急速に萎み、手の中に消えた。再び仄かな明かりに包まれた部屋の中で、一人が身体を起こした。


「……凄いね。簡位魔法でここまでの回復量って、普通じゃないよ」


 怪我が完治して起き上がったアリエは、シャノンたちを向いて、いやらしい笑みを浮かべる。


「まあそれよりも、人が苦しんでるときに裸でイチャイチャしてる方が普通じゃないんだよ? 若いって凄いなー」


「ち、ちがっ、これはっ――」


 途端、ファリレは顔を真っ赤に染めてシャノンを突き飛ばした。慌てて服を着ようとするが、動揺でうまく身体を通すことができずに四苦八苦していた。


 シャノンは手早く服を着て、何事もなかったように爽やかな笑みを浮かべる。


「アリエさんが助かってよかったです」


「人の耳舐め回して、あげく殺そうとしておいて、よくそんな顔して笑ってられるよね!?」


 アリエは髪で隠している方の耳に手を触れ、頬を染める。


「ああんっ――ま、まだ濡れてる……」


「変な声出さないで貰っていいですか? というか、その性格って洗脳されてたからじゃなくて素だったんですね……」


 苦笑いを浮かべるシャノンに、アリエは破顔して飛びついた。二人はそのまま地面に倒れ込む。


「操られていたとは言え、いっぱい痛いことしてごめんね? その分、お姉さんがたっぷり気持ちよくして、あ・げ・る」


 アリエがシャノンの首筋を舐めようとしたところへ、ようやく服を着たファリレが襲いかかる。


「雌豚ああああ! 回復した途端に盛ってんじゃないわよ! いい? お前がギルレドの精神汚染魔法にかかったせいで、私たちは死にかけたのよ? 少しは自重しなさいよね!」


 アリエの顔を押しのけて引き剥がそうとするが、ファリレの力では足りない。


「だからー、性心性意お詫びをしようとしてるんだよ?」


「何でお前はすぐにえっちなことをしようとするのかしら? その汚い手をシャノンから離しなさいよビッチ!」


「んー、そう言えばなんだけど、あたし処女だよ?」


「は、は? そんなわけないでしょう? 思考回路が性欲で汚染されている女が、しょ、処女、なわけが……」


 羞恥に耐えきれず顔を背けるファリレの隙をついて、アリエはその細い指をシャノンの下半身へと滑らせる。


「じゃあ、試してみよっか?」


「ば、馬鹿なのかしら? そ、そもそも、シャノンは私をえ、えら……」


 ファリレは言い淀み、視線を地面に落とす。耳まで真っ赤にして、震える手を握り締め、顔を上げる。彼女は涙ぐんだ瞳でアリエを直視した。


「シャノンは、私を選んだのだから! 私以外がそういうことしちゃ、駄目なんだから!」


 ファリレの叫びを聞いたアリエは、唖然とした表情のまま腰を上げた。



「わ、分かったから、そんな怒らないで? ね? ごめんね?」


「もっと離れて!」

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