第31話 精神汚染
シャノンは下半身が細切れになった石造りの巨人を睨む。
魔法を扱い慣れていないシャノンにとって、固定魔法の連続使用はかなりの負担になっていた。ただの球ならいざ知れず、剣という形は複雑である上に、魔力の配分を考えなければならない。また、一度固定させたものを流動化させる際にも、繊細な作業を迫られる。
いくらシャノンに魔力操作の才能があるとしても、魔法に触れている時間が短い分、限界が訪れるのは早い。
先の攻撃でコアの位置はだいたい掴めるはずだ。コアが魔力を供給しているのであれば、細切れになった部位のどれか一つから再生が始まる。そこにコアがあるに違いない。判明次第、コアを切りに行く。あと一度くらいなら、腕が痛もうと無理矢理に押し通してみせる。
だが、その予想はあっけなく裏切られた。今度は下半身が地面に沈み、上半身から下半身が生える。
「……まさか、コアって移動してるの?」
もしそうだとするなら、いくら切り刻んだところで意味がない。全身を一気に吹き飛ばすような火力でなければ、到底勝ち目はない。
シャノンが歯噛みしていると、ギルレドの高笑いが耳に届いた。
「今、コアが移動してるんじゃねーか、って絶望しただろ?」
図星を突かれ、シャノンが顔を顰めると、ギルレドは愉快そうに手を広げた。
「おいおい、そのくらいで絶望されちゃ困るぜ? だってよ――そいつの中に、コアなんてねえんだからよ!」
唖然とするシャノンの横で、ファリレは憤慨した。ギルレドを睨み、声を荒らげる。
「何言ってるのよ! 石造りの巨人には必ずコアがある。じゃなきゃ、動けるはずが――」
「黙ってろゴミクズ! 今俺が話してんだ!」
怒鳴り声にファリレは肩をびくりと震わせた。握っていた手が強く握り締められる。
「俺は別に、コア自体がねえ、とは一言も言ってねえぜ? 石造りの巨人の中にはねえって言ったんだ。じゃあ、どこにあると思う?」
ギルレドは両手を広げたまま、右から左へ、端から端まで視線を巡らせる。そうして嬉々とした表情で叫んだ。
「この部屋のどこかにあるぜ? けどよ、そんなの探しようがねえよな? そのコアを破壊しねえ限り、石造りの巨人は魔力が尽きるまで蘇り続けるんだ。試してみようぜ? てめえらと石造りの巨人、どっちが先にくたばるか。我慢比べだ」
そんなことするまでもなく、シャノンは自分が先に死ぬと分かっている。ファリレの膨大な魔力保有量であれば、おそらくは石造りの巨人のコアよりも長く魔力供給ができるだろう。だが、それにシャノンの身体が耐えられない。
だから、そんな無駄なことはしない。
シャノンはファリレからの魔力供給を終え、駆け出した。
今度は先ほどよりも大きめの剣を二本手に持っている。あとは一つ魔力筺を持っているだけだ。
襲い来る石造りの巨人の腕をすれすれで避ける。風圧が真横を駆け抜け、心臓が縮み上がった。それでもシャノンは動きを止めない。手に持っていた剣を合わせて、紐状に変える。そのまま石造りの巨人の腕に巻き付けると、巨躯を中心に周囲を駆け回った。抵抗される前に一周を終え、シャノンはさらに周回を重ねる。紐を巻き付ける位置を調整しながら、何とか紐が尽きる前に全身を縛ることができた。
身動きの取れなくなった石造りの巨人は一歩踏み出そうとしてバランスを崩し、地面に倒れ伏した。力尽くで断ち切ろうとするも、なかなか千切れない。
シャノンは魔力筺を使ってファリレの下まで駆け寄り、続けて肉体強化を行う。痛みに顔を歪めながらも、何とか耐え切った。
「今のうちに逃げよう」
「ええ、けれど……」
胸に手を当て、苦しそうな表情でシャノンを見るファリレ。それはまるで彼女が同じ痛みを感じているように見えて、シャノンは心苦しくなった。大丈夫だよ、とだけ言って、シャノンは彼女を抱きかかえようとした、そのとき。
「んん――ぐううん――――んんんん」
くぐもった悲鳴が響いた。それは後方。アリエから発せられていた。
眼球が飛び出そうなほどに目を見開いて、口元から血を流しながら唸っていた。その表情は苦悶に満ち、手首や足首からも同様に血が流れている。
様子を窺っていたシャノンは、彼女が無理矢理に魔法紐を断ち切ろうとしているのだと分かった。だが、いくら魔力供給をしていない紐だからと言って、無理に切ろうとすれば肉を抉るはず。
「アリエさん、やめてください! そんなことをしたら――」
「何言っても無駄だぜ?」
声の主はすでに部屋の出口である通路に足を踏み出していた。口元を歪ませ、ギルレドは狂気じみた笑みで謳うように語る。
「そいつの頭を汚染した。もうてめえらを殺す以外頭にねえからよ。自分の身体なんて顧みねえし、そのくせ痛みは感じるんだ。切りつける度に愉快な悲鳴が聞けるぜ?」
ニヤリと浮かべた笑みはもはや狂気そのもの。もしも悪魔が姿を現したなら、きっとああいう顔をしているに違いない。人の悲劇を喜ぶ、醜い表情だった。
シャノンは戦慄した。背筋を冷たいものがなぞり、手の震えが止まらない。その間にギルレドは姿を消していた。
シャノンを捕らえていた恐怖は、何かが千切れる音で吹き飛んだ。見れば、そこには悍ましい光景が広がっていた。
ゆらりと立ち上がるアリエは手首足首の肉が削ぎ落ち、白いものが覗いていた。
ファリレはたまらず口を押さえ、顔を背ける。
滴る血液の量は尋常ではなく、彼女の足下に血だまりができている。そのボロボロになった手を、口を塞ぐ紐にかける。そして、力任せに引き千切った。指の肉が削れ、肉塊が重い音を立ててこぼれ落ちる。
「ああああああああああ」
アリエの悲鳴が室内に響き渡った。
その声に、シャノンは一瞬息をすることを忘れた。ギルレドとは別種の恐怖が襲いかかる。
血走った眼から涙を溢れさせ、強烈な痛みを訴えるように声を上げながら、それでも彼女は足を踏み出した。
ファリレはその様を目の当たりにし、悲痛な声を上げた。逃げようと立ち上がろうとするも、腰を抜かして動けない。
シャノンはそんな彼女の身体を抱えて、申し訳なさげに苦笑した。
「ごめん、ファリレ。ちょっと痛いかもしれないけど、我慢して」
「え? ――っ」
ファリレが理解する前に、シャノンは魔力を奪って肉体強化し、彼女の身体を出口の方へ放り投げる。すかさず自身はアリエと対峙した。
その姿を捉えたときには、すでにアリエが動いていた。シャノンは辛うじて彼女の手刀を避けることに成功する。
一定の距離を保とうとするも、彼女はそれを許さない。
先ほどのファリレとの接触で作れたのは小さめの剣一振りだけだった。それより前に魔力筺を二つ作っていたのは幸いだった。小剣だけではすぐに殺されるだろう。
だが、状況が厳しいことに変わりはない。それだけでアリエを制圧しなければならないのだ。
魔法を使ってくる気配はないが、だからといって安易に攻撃すると彼女の身体を傷つけてしまう。ギルレドの言ったことが本当であれば、その度にアリエは痛みに悲鳴を上げる。
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