第6章
第30話 反撃開始
そう言ったファリレの声色からは喜びが満ち溢れているように思えて、シャノンは口元に笑みを浮かべた。振り返って言うべきだったと、少しだけ後悔する。
けれど、顔を合わせてしまったら、きっと言えなかった。途中からはまるで自分が告白しているのではないかと思うほどに、顔が熱くなるのを感じた。最後の方は、見方によってはほとんどプロポーズだろう。
だが、口から出た言葉に何一つ嘘はなかった。
シャノンは気持ちを切り替える。今、優先すべきはここから出ることだ。
しかし、その前にやることがある。
巡らせた視線の先に、茶髪の男がいた。額から生える角はファリレのようにフェイクだろうか。眼鏡の奥にギラつく瞳と目が合う。
「てめえ、何で死んでねえんだ?」
心底不愉快そうに笑うその顔が、ファリレの後方に転がったアリエの姿を捉えた。舌を打って、シャノンの方に視線を戻す。
「とことん使えねえハーフエルフだな。雑魚一人始末できねえのか。まあ所詮は奇形、出来損ないっつうことか」
「奇形?」
「あ? 何だ知らねえのか? そのハーフエルフ、片耳はエルフの尖った耳だがよ、もう片方は人間の丸い耳なんだぜ? そりゃあ煙たがられるよな。気持ちわりいもんな」
ギルレドは腹を抱え、アリエを蔑んで笑った。シャノンが彼女の方へ顔を向けると、アリエは目線を地面に落とし、静かに涙を流していた。
「せっかく俺が拾って、てめえを殺すように精神を侵してやったってのに、とんだ期待外れだぜ」
「もういいから黙りなよ」
シャノンは指先から魔力弾を発射する。だが、あっけなく水の盾で防がれた。
「あ? んだてめえ、雑魚がイキんなよ」
ギルレドが指を曲げる。それと同時に、石造りの巨人が立ち上がり、シャノンへ駆け出した。
シャノンはそれを一瞥し、その胸元目掛けて魔力剣を投げつける。剣は吸い込まれるようにして石造りの巨人の胸に直撃し、深く突き刺さった。その威力に押され、再び石造りの巨人は背中から倒れ込んだ。
「あ? 何だその魔法は」
「さあ? 受けてみる?」
「クソ生意気なゴミだな。まあ、何だっていい。効かなきゃ意味ねえんだからよ」
その視線が石造りの巨人の方へ流れる。
シャノンがそちらを見ると、石造りの巨人が胸に突き刺さった剣を抜き取り、そこらに放ったところだった。深々と開いた傷口は見る見るうちに埋まっていき、完全に修復される。
「石造りの巨人はコアを壊さなけりゃ意味ねえんだぜ? 俺らで言う心臓だがよ……同じように胸にあるとは限らねえよな?」
ギルレドは口元を歪めて眼鏡をずり上げる。その瞳の奥では狂気が笑っていた。
シャノンはファリレの傍らにしゃがみ込み、その手を握る。
「魔力、貰うね」
「……え、ええ」
頬を染めて顔を逸らすファリレを見て、シャノンは思わず顔が綻んだ。それに気づいたファリレは目を細め、抗議する。
「何ニヤニヤしてるのよ、気持ち悪――」
ファリレは途中で言葉を切って、顔を強ばらせる。窺うような瞳の中に不安が揺れていた。シャノンは握っていた手を両手で包み込んで、微笑みを返す。
「分かってるから、大丈夫」
「…………ごめ、ん……なさい」
「うん」
シャノンは大量の魔力を次々に固形化して、衣服に忍ばせる。魔力紐を腰に巻いて、そこに剣を二振り差し、両手に一本ずつ。ポケットにも魔力筺(マギビトス)を忍ばせる。最後に肉体強化をして、準備はできた。
「そういう使い方もできたのね」
「うん、そうみたい。これで、ある程度の時間なら離れて戦える」
「――ちょっと、お前その傷は?」
肩の弾痕を見て、ファリレが痛ましげに眉尻を下げる。
「ああ、全然平気。痛くないし」
「そんなわけないでしょう? 酷い傷よ」
ファリレは手をシャノンの肩に被せて、呼吸を落ち着ける。だが、一向に回復魔法が発動する気配はなかった。
「何で、こんなときにっ……」
「だから、大丈夫だって」
思い詰めた表情をするファリレに、シャノンは笑って見せた。穏やかな声になるように努めて言う。
「安心して。ファリレは俺が守るから」
「ふんっ、せいぜい……」
ファリレは言い淀んで、顔を俯かせた。小さな声で囁くように紡ぐ。
「……よろしく、頼むわ」
「うん、任せて」
シャノンは手を放し、立ち上がる。
ギルレドは動く様子を見せない。代わりに石造りの巨人が立ち上がり、こちらを見据える。
窺うような気配。それはまるで人を相手にしているような感覚だった。
先に動いたのはシャノンだ。
数十メートルの距離を疾走し、二秒で足らずで相手の間合いに入る。迫り来る挙腕をひらりとかわし、勢いを殺さずに駆け抜ける。胴の横を過ぎる際に一閃し、石造りの巨人を真っ二つに両断した。
その威力にシャノン自身、驚きを隠せなかった。だが、それも当然だと納得できる。作り出したものの質の違いだ。
作り出した剣は、切りつける側の刃へ重点的に魔力を集め、それ以外の部分は形状を維持できる程度しか配分していない。満遍なく魔力をならしていた前回と違い、強化された刃は石造りの巨人の装甲を切り裂くに達した。
これならいけるかも知れない。
右手から剣が消えていく。シャノンはすぐに左のを持ち替え、ポケットから出した魔力筺で肉体強化を施す。
土塊の上体が崩れ、地面に落ちた。上半身はその拍子に砕け、下半身はぴたりと動きを止めた。
かと思えば、上体が地面に溶けるようにして沈み、下半身の断面が盛り上がる。瞬く間にそれは上体を形作り、石造りの巨人は再びその足で大地を揺らした。
下半身から生えたと言うことは、コアは下半身にあるのだろうか。
シャノンは石造りの巨人の股下に滑り込み、身体を捻るようにして一閃を放つ。見事に両足を切断し、消えゆく剣を放り投げて腰の一振りに手を掛けた。もう片手で魔力筺を消費し、剣を引き抜くと同時に股を縦に両断した。もう一振りを抜き、役目のなくなった魔力紐を流動化させ、肉体強化に使う。足をさらに細かく切り刻み、最後に残った魔力筺でファリレの下まで退いた。
その流れるような動きに、ファリレは息を呑む。
「お前、そんなに強かったかしら?」
「まあ、ね。これでも毎日、剣を振って、練習してたんだよ」
自嘲気に言うシャノン。彼は明らかに疲弊していた。肩で息をする度に身体がふらつく。
「魔力を使いすぎよ。ただでさえ慣れていないのだから、身が保たないわ」
「そうみたいだね。結構キツい」
シャノンはファリレの手を握って、再び魔力を吸収する。だが、その途中で腕が悲鳴を上げた。腕の中の血液が沸騰したような痛みが襲う。
「ぐっ……」
「シャノン! ……もうこれ以上は……」
「まだ、……平気だよ」
痛みは徐々に和らいでいる。少し休ませれば、また使えるようになるはずだ。
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