第29話 もし、次があったなら

 瞼が勝手に開いた。


 見覚えのある岩の天井。石造りの巨人が出現する場所だ。


 果たして、それは目の前にいた。巨大な土塊の身体が、ファリレを見下ろしている。


 赤く光る瞳からは、殺気が放たれていた。このままここに寝転んでいたら、間違いなく死ぬ。


 だが、逃げる気が起きなかった。もうどうでもいい。早く、楽になりたい。


 離れたところから声が聞こえる。


「ったく、使えねーハーフエルフだな。あれだけ間に合わせろって言ったのによ。もっと精神汚染して人形にしとくべきだったか。けど、それじゃあ面白くねえしな。まあ、もう用済みだ。戻ってきたら、あのゴミの心も粉々に砕いてやるか」


 足音が近づいてきて、耳元で囁き声が聞こえる。


「今頃、てめえの選んだ相手は淫乱エルフに犯されながら殺されてるだろうぜ。安心しろよ、てめえもすぐ同じところに送ってやる。まあ、てめえを裏切った奴に会いてえかは知らねえけどな」


 やれ、という声に、石造りの巨人はその拳を振り上げた。


 それを見上げながら、ファリレは口元に微かな笑みを浮かべる。


 ざまあみろ。あんな女を選ぶからそうなるのだ。あの世で説教してやろう。泣いて謝っても許してやらない。土下座してもだ。気が済むまで怒鳴りつけてやる。


 それでも、まだ許しを請うたなら。そのときは仕方ないから許してやろう。今度はシャノンが奴隷になる番だ。


 ファリレは自分の妄想を鼻で笑った。滑稽だった。諦めたはずなのに、まだシャノンと繋がりたいと思っている。そんな自分が、たまらなく哀れだった。


 ファリレは宙に手を伸ばして、目尻から涙をこぼした。


「ごめん、な、さい。……私、素直に、なるから。そうしたら、もし、次があったなら……」


 ファリレはようやく、自らの心を吐き出した。もう遅い。そんなことは分かっている。


 それでも――。


 最期くらいは、言葉にして願いたい。


「今度は、――私を選んで」


 振り上げられた拳が落とされる。


 迫り来る死に、ファリレは瞳を閉じた。


 どうか、この願いが――


「――馬鹿なのかな?」


 その声に、ファリレはハッとして瞼を開ける。


 迫り来る拳は、彼の手に握られた青い剣によって弾き返された。


 石造りの巨人が背後に倒れ、砂煙を巻き上げる。


 剣は少年の手から溶けるようにして消えた。


「次なんて要らない」


 シャノンはポケットから青い筺を取り出して、剣の形に変化させる。もう一つ取り出した魔力は肉体強化を施し、身を起こす石造りの巨人をその双眸で捉える。


「俺は最初から、ファリレを選んでるよ。ファリレがいなかったら、俺はきっと一生教会で働いてた。勇者になるって夢見て、夢のまま終わってた。けど、ファリレが俺を見つけてくれた。何もなかった俺の、才能を見いだしてくれた。ファリレは俺の恩人だよ。感謝してる。……まあ、結婚するかは分からないし、正直、今は魔王を倒せる気なんて全然しない。でももし、挑むときが来たら。そのときはファリレに見ていて欲しい。というか、そもそも俺の奴隷なんだから――」


 そう言ったシャノンの表情は見えない。だが、それでよかったとファリレは思った。もし、顔を合わせてしまったら、緩んだ顔を見られてしまう。


「いつだって、隣にいてよ」


 ファリレは頬を染めて、シャノンの背中を見つめる。


 石造りの巨人に対峙する背中はとても頼もしく見えた。細い、けれど力強い。


 胸の奥が温かく、満たされていく。笑みを殺そうとしても、自然とこぼれてしまう。


 ファリレはなるべく平静な声で、いつもの自分らしく声を出す。胸を押さえて、不安を押し切り、言葉を紡ぎ出した。


「――ええ」

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