第27話 失われた魔法の真価

「――は?」


 唖然としたアリエは、すぐに腹を抱えて笑い声を上げた。


「あははは! これはいい! 傑作だよ! そうだよね、男の子だもんね。まさか、最後にデレるとはね。もっと早くそう言ってくれたら、あるいは情が出て殺すのを躊躇ったかも知れないのに」


 アリエは銃を下ろして、シャノンに歩み寄る。


「いいよ、好きなだけ揉みなよ。おっぱい揉んだまま殺してあげるから。最高の死に様だね。ファリレちゃんに聞かせてあげなきゃ」


 アリエはシャノンの前に来て胸を差し出した。大きな胸が弾み、存在感を主張する。


 シャノンは躊躇いなく左手を伸ばす。


 だが、その双丘に触れる寸前、リボルバーの銃口がシャノンを捉えた。


「ごめんね? おっぱい揉めずに絶望する顔が見たくなっちゃった」


 シャノンは胸に伸ばしていた手で、すかさず銃を払う。だが、アリエの手に触れたと同時、無情にもトリガーが引かれた。


 銃声が――轟くことはなかった。


 アリエは驚愕と疑問に目を見開き、すぐに銃へ目をやった。


 リボルバーのトリガーはちゃんと引かれている。だが、銃弾は発射されなかった。そこで気づき、シャノンを睨みつける。


「どうやってあたしの魔力を奪ったの?」


 リボルバーはハンマーの部分が綺麗になくなっていた。そのせいで薬莢の雷管が打たれず、銃弾が発射されなかったのだ。


 シャノンはアリエの手首を掴み、魔力を奪い取る。その手に魔力を集中させながら笑みを浮かべた。


「どうやったも何も、肌に触れていれば魔力を奪えるってだけですよ」


 右手に集中した魔力は玉を形作る。だが、すぐに棒状に伸びて、別の形を作り始めた。それは剣。青い粒子が固まって作られた魔力剣マギラディビス


 シャノンはその剣を思い切り袈裟に振り下ろした。だが、剣から伝わったのは石でも切りつけているかのような感触だった。手が痺れ、悲鳴を上げる。


 アリエは顰め面をして数歩退いた。鎖骨の辺りを押さえ、苦笑する。そこは赤黒く変色したものの、血は流れない。傷を付けることすらできなかった。


「驚いたよ。今のはよかった。でも、惜しいな。それじゃあ、触れている間でないと意味がない。こうして離れてしまえば、どうということはないね」


 シャノンは静かに剣を見下ろす。剣は役目を果たし、粒子となって宙に溶けていく。あっという間に形はあやふやになり、ついに手元から消えた。


「シャノンちゃんの魔法は借り物の魔力で行使してるんだから、その力を使った後は維持することができない。維持には使った分を補充するために、新たに魔力が必要だからね」


 アリエは勝ち誇った表情で、手のひらをシャノンへ向けた。


「まったく……他人の魔力を奪えるなんて、シャノンちゃんは本当にぶっとんでるね。だけど、だったら余計に生きていくのは大変だよ。その力は様々なところから狙われるからね。ここで死ななくても、真っ当な人生は送れなかっただろうさ。むしろ、地獄を見ずにここで死ねることを幸運に思うといいよ」


 宙に視線を漂わせ、アリエは唸った。そして満足げに頷くと、シャノンを見据える。


「もう話すことはないかな。じゃあ、来世があったら頑張って」


 途端、アリエの双眸に明確な殺意が宿る。体中から魔力があふれ出し、周囲へ風が吹き荒ぶ。


「せめてもの情けだよ。痛い思いをしないように、上位魔法(スプラム・マギア)で欠片も残さず、一瞬で消し飛ばしてあげるから」


 絶望的な状況の中で、シャノンはその口元に笑みを浮かべた。


「消し飛ばしちゃ駄目じゃないですか。俺の首、持っていくんでしょう?」


「減らず口を……。もうすぐ死ぬって言うのに、他人の心配?」


「いいえ――」


 通常であれば、いくらシャノンが本気で距離を詰めたところで簡単に対応されてしまう間合い。


 だが、二倍の速度でアリエの懐まで飛び込んだシャノンは、差し向けられていたアリエの手を握ることに成功する。


 アリエの目は驚愕で見開かれ、対処が遅れた。それはほんの一呼吸程度の時間。だが、それこそが二人の命運を分けた。


「なっ――」


「――ただの時間稼ぎです」


 シャノンはアリエの手に収束していた魔力を奪い取って、それを引き伸ばす。しかし、すぐに固定しない。アリエを包み込むように広がった粒子は、その身体に付着し、身体に巻き付いていく。


 固定した魔力は彼女の身体を拘束し、身動きを封じた。魔法の詠唱をされると困るので、同様に口を塞ぐ。


 特に意識せずに縛ったつもりだったが、胸の部分の膨らみだけが自由を謳歌していて、より大きさが強調されていた。意地悪されたお返しに揉みしだいてやろうとも考えたが、今はそんなことをしている場合ではないと正気を保つ。


 アリエは力尽くで抜け出そうとするが、すぐに顔を顰めて大人しくなった。紐を引き千切ろうとした手首から血が流れ出る。


「動かない方がいいですよ。魔力でかなり強化して作った紐ですから、下手すると手首が落ちますよ」


 シャノンはアリエの膝裏と肩に手を回して、吸い上げた魔力で自らに肉体強化を施す。そして、彼女の身体を軽々と持ち上げた。


 睨み上げてくるアリエの視線に、シャノンは苦笑して見せた。


「お姫様抱っこは嫌いですか? まあ、我慢してください。今の俺にはアリエさんの魔力が必要なんですから」


 アリエを縛る紐に対して絶えず魔力を供給しながら、シャノンは指先に小さな球体を作り出す。


「アリエさんのお陰で分かりました。俺の魔法は魔力を形にすること。それはただ弾を撃ち出すだけじゃなくて、好きなように変形させることができる。剣とか、紐のように。でも、それだけじゃなかった。魔力として発現したものは、結局のところ魔力でしかないんです。氷が溶けて水になるように、物質化した魔力は再び不可視の魔力となる」


 シャノンは一度固定した魔力を再び流動化させ、今度は立方体を作り出す。


「魔力を物質化しておくことで、魔力を保存しておくことができる。それは普通の魔法使いからしたら、大したことではないかもしれません。自分の中に魔力があるのだから、わざわざ荷物を増やさないでしょう。でも、俺にとっては違う。これがあれば、短時間なら一人でも戦うことができる」


 立方体が端から消えていき、シャノンの体内に戻っていく。今度はそれを肉体強化に使用した。


「先ほどは剣と一緒に物質化した魔力をポケットに忍ばせておいたんですが、再利用の仕方を掴むのに少し時間がかかりました。だから、アリエさんには本当に感謝してます。アリエさんがお喋りでよかった」


 ああ、それから、と。シャノンは思い出したように続けた。満面の笑みを浮かべて、小首を傾げる。


「魔人には、負けた相手の奴隷になるって決まりがあるそうですよ」


 シャノンは言いながら、アリエの首筋をなぞる。


 アリエは大きく目を開き、ふるふると首を振る。何か言いたげな顔をしているが、下手に喋ろうとすると口を削られるため何もできない。だが、その顔に浮かぶ恐怖は感じ取れた。


「嘘吐いてたアリエさんが悪いんですからね? だから――覚悟、しておいてください」


 アリエの瞳に涙が滲む。それで戦意を失ったことを確認し、シャノンはフレルライト洞窟の方向を向いた。下半身に魔力を多く供給し、険しい面持ちで走り出した。


「待ってて、ファリレ」

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