第26話 死ぬ前の願い

「どうして、俺のことを殺そうとするんですか? あのときは、助けてくれたのに」


「助けたのは、あのときに死なれると困ったから。殺す理由は――」


 アリエは手に持つリボルバーの銃口をシャノンへ突きつける。だが、彼女は言葉に詰まった。思考を巡らせるように目線を泳がせて、ようやく口を開く。


「そう……言われたから、だよ」


 それはどこか、はっきりしない口調だった。だが、それ以外に理由はないようで、アリエはトリガーに指をかける。


「……誰に、ですか?」


「これから死ぬのに知る必要あるのかな?」


「どうせ死ぬなら、すっきりして死にたいです」


「前向きというか、何というか……。シャノンちゃんってクールだよね。いつも落ち着いてる。けど、おかしいよ。普通は恐怖で身を竦ませて、命乞いをするところだよ」


 怖くない訳がなかった。打たれて死ぬと思うと、怖くてたまらない。


 だが、死の恐怖はファリレとの出会ったときと、石造りの巨人との戦いとで味わっている。先ほども、何度も死を覚悟した。少しだけ、慣れてしまったのかもしれない。もしくは、肩に広がる痛みが恐怖を和らげているのかもしれない。


 だが、ここで恐怖に悲鳴を上げて這いつくばるのは、命乞いをするのは、違うと思った。それは楽な道だろう。けれど、その先には終わりしか待っていない。


 だったら、恐怖と対峙しなければならない。


 それに、どんなときも諦めないのが勇者だ。


「教えてください、アリエさん」


「……いいよ、教えてあげる。冥土の土産って奴だね」


 アリエは銃を構えたまま続ける。シャノンは機会を窺うものの、彼女が油断する気配はなかった。


「ギルレド・クァットゥオル・リヒトルヴァリエ。――第八魔王子って言えば分かる?」


 それを聞いた瞬間、シャノンの中ですべてが繋がった。表情を険しくして、アリエを睨みつける。


「競争相手を蹴落とそうってことですか」


「さすがはシャノンちゃん、理解が早いね。そうだよ。あたしはギルレドの命令でシャノンちゃんを殺す」


「けど、だったら俺よりも、ファリレを殺すだけでいいんじゃないですか?」


 アリエは鼻を鳴らして苦笑を浮かべる。


「そうなんだよ。けど、ギルレドは趣味が悪いからね。ファリレちゃんの心を完璧に破壊してから殺したいんだってさ。つまり、シャノンちゃんの首をファリレちゃんの前に差し出して、彼女を絶望させるんだよ」


「それは確かに、いい趣味ではないですね」


「おいおい、シャノンちゃんしっかりしてよ。違うでしょ? 今のは、怒りに身を任せて吠えるところだよ? どうしてここまでの話を聞いて、冷静でいようとするのかな? まったく理解できないよ。ギルレドの方がよっぽどマシに思える」


 本当は今すぐにでもぶん殴ってやりたい。腸が煮えくりかえって、頭に血が上ってくる。


 だが、そうしたところでトリガーを引かれれば終わりだ。だからこそ冷静でいなければならないと、シャノンは自分を戒める。


「それでこの状況は理解できました。ですが、石造りの巨人から俺を助けた理由が分かりません」


「本当に肝が据わってるね。命令がなかったら、本当にシャノンちゃんが欲しいよ。――その強がりがいつまで続くか試してみたいな。君の心が壊れる瞬間は、さぞ気持ちいいだろうね」


 うっとりとした表情を浮かべるアリエに、シャノンは心底軽蔑した視線を送る。


 先ほどアリエから受けた暴行も相まって、ぞっとした。それなら殺された方が幾分マシかも知れないとさえ思える。


「ファリレちゃんは心の状態によって、魔法の精度がかなり左右されるんだよ。精神制御が未熟なせいで、魔力操作に影響が出ちゃうんだろうね。極度に心が弱ると魔法が使えなくなる。例えば――信じてた人に裏切られた、とか」


 恍惚の色は増し、アリエは頬に手のひらをあてる。


「知ってた? ファリレちゃんは魔人の中でもかなり浮いてたんだって。あの性格じゃ仕方ないよね? 孤独だったよね、きっと。そんなとき、人間の少年と出会って、彼を相手と決めた。幸運なことに、彼は自分に対して普通に接してくれる。……彼女にとって、彼の存在は大きかっただろうね。そんな彼が他の女と抱き合ってキスして――キスしているように見えたら、どう思うかな?」


「そういう、ことですか」


 シャノンは歯が砕けそうなほど食いしばって、今にも爆発しそうな怒りを押さえつける。


 その反応にアリエは口元を歪ませた。


「いい! その表情、そそるよ。もっと壊したいなー」


 アリエが過剰なほどシャノンに近寄ったのは、すべてファリレを弱らせるためだった。精神的に追い詰めて、魔法を使わせなくするために。


「シャノンちゃんは気づいてなかったもんね? 今朝、ファリレちゃんが見てたこと。エルフは目がいいから、ファリレちゃんがどういう顔をしていたか、ちゃんと見えたよ。よかったなー、あの表情。苦しそうに顔を歪めてさ。そうとも知らずにシャノンちゃんは……。ああ、可哀想に。ファリレちゃんはとても傷ついただろうね。きっと、心がとても弱ってる。魔法が使えなくなったファリレちゃんなんて、ただの女の子だからさ。好き放題できるよね?」


 アリエの話の後半はほとんどシャノンの耳に届いていなかった。


 拳を握り締めて唇を噛む。怒りの矛先が自分に向いた。ファリレにとどめを刺したのは自分だった。その事実が許せない。


 もしあのとき、正しい言葉をかけていたなら。


 もしあのとき、すぐに追いかけていたなら。


 少なくとも今、彼女を独りにすることはなかったはずだ。


 何て無神経な奴だ。何て酷い奴だ。反吐が出る。恥ずかしくて消えたくなる。


 たった一人の女の子すら救えずに、何が勇者だ。


 握り締めた拳から赤い筋が垂れる。痛みは感じなかった。肩の痛みすらない。


 ――落ち着け。


 シャノンは自らに言い聞かせる。


 それは過ぎたことだ。いくら考えたところで、後悔したところで、変えることはできない。変えられるのは、今この瞬間からだ。


 だったら、思考のすべてを未来のために注ぐべきだ。


「これですっきりしたかな? 本当はあっちの方もすっきりさせてあげたいけど、意外と時間がなかったみたい。早くシャノンちゃんの首を持って、フレルライト洞窟に行かないといけない。あんまり遅くなると、あたしが殺されかねないからね」


「あの、最後にもう一つだけ」


「まったくもう、欲張りだね」


 アリエは呆れ顔で言うが、それでも聞いてくれる様子だ。シャノンは最後の賭けに出る。


「死ぬ前に、おっぱい揉ませてもらえませんか?」

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