第20話 魔力の感じ方
アリエはシャノンの答えを待っているようで、その間は空を見上げたり、ファリレの方を見たりしていた。
おそらくは魔力弾がこの弾丸に劣っている理由が、見れば分かるということなのだと当たりを付けたシャノン。
「火薬と弾丸の形状でしょうか」
「うんうん、頭の良い子はお姉さん好きだよ。今回は火薬よりも形状かな。尖った弾丸は速度や射線の安定性を上げる役割もあるけど、単純に貫通力を増してるんだ。それに引き換え、シャノンちゃんの魔力弾は圧縮して硬度を高めているものの、形状が単純な丸だから貫通力が劣る。石造りの巨人の装甲を貫けなかったのは、貫通力が不足していたからだよ」
シャノンは先端の尖った魔力弾を思い浮かべる。確かにその通りだった。尖った部分に魔力を集中させ、強度を上げることができれば、貫通力が増す。
どうして今までその発想に至らなかったのか。おそらくは魔法を始めて発現させた際に、粒子が玉状を取ったため、そのイメージが頭にこびり付いていたのだろう。
形状を変えるというのは、それだけで魔力操作の能力が高くなければできないということを想起させる。であるならば、やはりアリエに習うのが最適だ。
「ところで、シャノンちゃんは魔力をどう感じ取ってるのかな?」
「どう、って……」
己が感じるままを言葉にする。シャノンにとって、魔力は熱だ。身体に流れ込んでくる他人の温度。
「へえー、シャノンちゃんは熱タイプなんだね」
「他にもあるんですか?」
「あたしの場合は水かな。絶えず体内を駆け巡る感覚。人によって魔力の感じ方が異なるから、その差異が大きければ大きいほど教え難くなるんだよ。中には言語化できない感じ方をしている人もいるし、そうしたらもうお手上げになっちゃう。シャノンちゃんが分かり易くてよかったよ」
アリエは再びシャノンの手を取った。
「魔力の感じ方はね、その人の魔力に対するイメージなんだよ。そのイメージが明確であればあるほどに、魔力操作が容易くなる。特に、熱のイメージはシャノンちゃんの固定魔法にぴったりだと思うよ。他よりも熱い箇所は、それだけ魔力を集中させているということになる」
魔力弾を作るように言われ、シャノンは生成する。
「今、これは比較的均一に熱を固めていると思うんだけど、そうじゃなくて、攻撃が当たる部分だけに熱を集めてみて。それ以外の部分は、形状を支える程度で十分だから」
シャノンは言われた通りに指先で玉を成す弾丸の前方に熱を偏らせる。その部分の青みがどんどん濃くなっていく。だが、それと同時に綺麗な玉の輪郭が揺らぎ、終いには崩れて消えた。
「……難しい」
「熱を偏らせすぎて、形状を保てなくなったね。でも、意図的に偏らせることが一回目で出来てるから、すぐにできるようになるよ。後は何度も試して、配分を掴むんだ」
一日を費やして、シャノンは何とか形状を保ちつつ、魔力を偏らせることに成功した。だが、それは初歩に過ぎない。翌日は魔力を偏らせることの応用で、形状を変化させる鍛錬に移った。
「弾丸の形を尖らせるのもいいけど、どうせなら好きな物を作った方が捗るからね。シャノンちゃんはどんな武器で戦いたい?」
「剣です!」
少しの迷いもなく、シャノンは言った。
勇者といえば剣だ。歴戦の勇者たちの多くは剣を用いて戦ってきた。シャノンのイメージする勇者像もそれだ。
比較的安全に遠距離から攻撃できる銃も便利ではあるが、格好良さ、派手さでいえば、やや剣に劣る。
その力強い、勢いのある言葉に、アリエは気圧され気味に身体を引いた。
「並々ならぬ想いを感じるよ……」
気を取り直して、アリエはシャノンの手を握る。
「まずは昨日のおさらい」
魔力弾を作り、その前方に魔力を集中させる。だが、形状を保てる程度には魔力を散らばらせる。綺麗な形のまま、前方だけ濃い色をした魔力弾が出来上がった。
「うん、ばっちり。じゃあ、次は剣の形をイメージして。丸めるんじゃなくて、棒状に引き伸ばすんだ」
玉を消して、シャノンは手のひらに魔力を集める。放出した魔力を平たく、長く伸ばしていく。
すると、あやふやな輪郭だが、魔力は少しずつ棒状になっていった。
「いい感じだね。そのまま、剣の形にしていって」
シャノンは街で買った両刃剣を思い浮かべる。どこにでもあるブロードソードだからこそ、イメージし易い。あれはもう不要なので売り飛ばしてしまった。大した金にはならなかったので、どうせなら売らずに持ってくればよかったと少し後悔する。現物があれば、イメージはより緻密に行うことができただろう。
徐々に剣の形を帯び始める青い粒子は、しかし、途中で霧散してしまった。
「形状を維持するのが難しいですね」
「玉の形状は安定してるからね。それを不安定な形に引き伸ばして、さらには形状を保ったまま魔力を偏らせなきゃいけない。当然、難易度は何倍にも跳ね上がるよ」
シャノンはもう一度作ってみるが、引き伸ばすまではうまくいくものの、剣の形にするまでには届かない。
「何でできないと思う?」
「魔力操作が上手くできていないから、ですか?」
自信なさげに言うシャノンに対し、アリエは静かに首を振った。
「剣の構造を理解してないから、明確なイメージが出来てないんだよ。ちょっと待ってて」
地面を蹴ったアリエはまるで風のように駆け抜けた。あっという間に家に入り、何かを抱えて戻ってくる。その間、数十秒だ。
シャノンの前に置かれたそれらは、剣や斧、槍といった武器だった。
「最初から想像だけでオリジナルを作るのは、やっぱり難易度が高すぎるね。よく見て、これ通りに作ってみて」
手渡されたブロードソードを観察する。片手で握り、振ってみたり、細部を眺めたりして認識を深める。剣は先ほど魔力で作った棒のようにあやふやな質感ではなく、くっきりとした存在感を放っていた。
確かな形としてここにある。
シャノンはイメージを少し改めた。魔力で剣の形を作るのではなくて、魔力で剣そのものを作り出す。明確な物質として、その存在を定義する。
手のひらに柄を。その先に広がる鍔、形状を維持するための剣身、研ぎ澄まされた刃先、鋭く尖った剣先。
左手に握り直した剣と、まったく同じ物を右手に生み出す。
最初は先ほどまでと同じようにただの棒を作る。そこに柄と鍔を付けて、剣身の形を整える。鍛冶屋が鋼鉄を火にくべ、槌で薄く打ち伸ばし、刃を研ぐように。波打つ魔力を圧縮させて平らにし、さらに刃の部分を圧縮する。そうして輪郭が崩れないように固定していく。
シャノンは息を吐いて、緊張の糸を緩めた。どっと疲れが襲うが、右手に握られた青い剣は霧散しない。ただ、まだ固定が甘いのか、剣身が時折揺らいだ。
「できた……」
「まだ固定具合が甘く見えるけど、上出来すぎるよ。まったく、手の掛からない弟子だね、シャノンちゃんは」
「それは何と言うか、ごめんなさい」
日が暮れるまで剣を作り続け、その頃には一本を一〇秒以内に作れるまでになっていた。
初めはその成長速度に感嘆し、抱きつきまくっていたアリエ。だが、昼を越えたあたりから若干引き始め、終いには気味悪げに距離を取った。
抱きついてこなくなったのはよかったものの、忌避に似た眼差しを向けられるのはさすがに辛い。
相変わらずファリレは口を出さずに、少し離れたところに座っているだけだった。
二秒程度で剣を作成し、魔力を偏らせて刃の強度を上げることができるようになったのは、それから三日後だった。その頃にはもう魔力で物質を作るコツを掴んでいて、斧や槍なども作ることができるようになっていた。
順調という言葉を絵に描いたような日々だった。
そんなある日、事件は起きた。
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