第8話 魔力の圧縮

「ファリレ、これ結構キツいから早く次の指示を……」


「情けないわね……。いいわ。適当なところに投げなさい」


 言われるがままに街とは反対側の方向へ巨大な蒼玉を放り投げる。緩やかな放物線を描き、それは二人から十数メートルほどのところに落ちた。渦巻く粒子が地面に触れた瞬間、草や石、土が削れ、穿たれ、大穴が開く。玉の半分ほどが地面に埋まった頃、途端に綻び始め、まるで糸が巻き取られるようにして青い光の粒が宙へ溶けていく。


 魔力が完全に消えるのを見てから、二人はその穴へ駆け寄った。綺麗に穿たれた地面は、シャノンが作り出した魔法の破壊力を物語っていた。


「あれだけの魔力量で、この程度なのね」


 凄い破壊力だね、と言おうとしていたシャノンは慌てて口を噤む。剣を振ったところで地面に突き刺さる程度。それを思えば、この結果は十分すぎると思えるのだが、ファリレはそうではないらしい。


「私なら、同じくらいの魔力を注ぎ込めば――」


 ファリレは離れた場所へ向けて指を鳴らす。瞬間、二十メートルほど先の地面が爆発し、砂煙が巻き上がった。散弾のように飛び散った土塊や石が二人の足下まで転がる。


「――まあ、こんなものよ」


 澄まし顔で、さも当然というようなファリレ。圧倒的な実力差に、シャノンは肩をがっくりと落とした。


「魔法使いが使い物にならないって言ってたのは、あながち嘘じゃないんだね……」


「確かにそうかも知れないわね」


「えー、話が違うじゃん! 失われた第五元素だよ? 最強じゃないの?」


 投げやりな様子のシャノンに対して、ファリレは呆れて肩をすくめた。


「さすが下等種族ね。短絡的な発想だわ」


「さすが高等種族様。飛躍的な思考だね」


 ぴくりと眉を上げたファリレは両手を腰に当て、仁王立ちになってシャノンを睨みつけた。


「それ、どういう意味かしら!?」


「そのままの意味だけど? ……それで? 魔人様のご意見をお聞かせ願えますでしょうか?」


「やめなさいよその態度!」


 睨みつける眼に微かな光が帯びた。唇を噛みしめ、何かを耐えるように拳を握り締めるファリレ。


 その姿を見て、シャノンは喉元まで出かかっていた言葉を解いて、代わりに息を吐いた。


「ごめん。ファリレが暴言を吐くから、ついね。確かに俺はただの人間だし、魔法にも詳しくないよ。けど、ああいう言い方されると傷つくよ」


「…………つ、次からは……気をつけるわ」


 目つきが和らぎ、ファリレは叱られた子供のように唇を曲げる。伏せた視線からは反省の色が見えて、シャノンはふっと笑みを漏らした。


「それで、この魔法はどうすれば使えるレベルになるの?」


「そうね。まず、この魔法のことをお前が理解する必要があるわ」


 ファリレは仕切り直しとでも言うように咳払いをして、話を続ける。


「昨日も言ったけれど、この魔法は魔力を物質化するものよ。普通の魔法であれば、火や水なんかの属性に変換することで、属性に特有の性質を具現化させることができるわ」


 火なら炎を現出させて燃やし、水なら水球を現出させて窒息させるなど、四大元素に特有の性質を魔法として使用することができる。その力は魔力と属性の性質に依存し、故に使い方も分かりやすい。


「けれど、お前のは魔力を物質化する。純粋な魔力としての性質しか持っていないのよ。言ってしまえば、物理的な力みたいなものよ。ただぶつけるだけでは、あれだけの魔力を使用してもこの程度しか破壊できない」


 ファリレは二つの穴を見比べて、肩をすくめてみせる。


「だから、こういった範囲的な破壊力での比較は無意味だと思うわ。例えば、金属の棒で叩くのと剣で叩くのとでは、力の伝わり方がまったく違うでしょう? 面積が広ければ、それだけ力が分散する。お前の魔法は物理攻撃に近いのだから、当然、力をなるべく一つに集めて、点としての破壊力を目指すべきだと思うわ」


 そこまで言って、ファリレは照れくさそうに頬を染めて、咳払いをした。


「……何よ。さっきから黙り込んで」


「いや、ファリレって凄いんだなって思ってさ。ポンコツかと思ってたんだけど、全然違った! やっぱり、凄腕の魔法使いなんだね!」


「ポンコツって……」


 響きは可愛いけれど、とぼそりと呟いたファリレは気を取り直して続ける。


「今更なのかしら? 私は凄いに決まっているじゃない」


 気分良さそうに鼻を高くする彼女に、シャノンはおだてながら先を促す。


「つまりね、魔力をそのまま出すのではなく、圧縮させて密度を高めるのよ。その分だけ、放った魔力の破壊力は増すはずよ」


「圧縮……」


 シャノンは手のひらを眺めながら、その方法について思考を巡らせるものの、そもそもそんなことが可能なのかさえ分からない。


 そんなシャノンの様子を察したのか、ファリレが手を取った。


「とりあえずやってみるのよ。それで駄目ならまだ考えるわ」


 頼もしさ溢れるファリレに、シャノンは大きく頷いた。

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