第2章
第7話 魔力操作
「つまり、ファリレは魔力操作が下手くそで、大量の魔力を一気に流したから俺の身体が悲鳴を上げた、と」
「下手くそって言うな!」
「事実じゃん……その状態で俺の唇を強引に奪った、と」
「ち、ちがっ――お、お前だって私の唇を貪ったじゃない!」
「だって、何か気持ちよかったし」
「っ――よ、よくもまあ恥ずかしげもなく言えたものね!」
ファリレは鼻を鳴らして顔を背けると、足早になった。シャノンはニコニコと楽しそうに笑いながらその横に並ぶ。
二人は魔法の鍛錬のために街の外を目指していた。
教会を出てすぐ、サリーの姿を見つけた。井戸から汲んだ水の入った桶を運んでいる。両手で重そうに持っていたのでシャノンが手伝おうとすると、サリーは歯をむき出しにして目を細め、威嚇の声を発しながら去って行った。
昨日の事件について、シャノンはサリーに事情を説明したものの、彼女の怒りが収まることはなく、現在もこのように避けられる状態が続いていた。
「何をそんなに怒ってるんだろう……」
シャノンはがっくりと肩を落としながら歩みを進める。ファリレはその姿を嘲笑した。
「随分と妹に好かれているのね」
「んー、まあ小さい頃からずっと面倒を見てきたからね。こんなとき、本当の兄妹だったらすぐに仲直りできるのかな」
ファリレが怪訝そうに眉を顰めるのを見て、シャノンは思い出したように口を開いた。
「ああ、サリーは本当の妹じゃないんだ。教会にいる子供たちは全員孤児だから、言ってしまえばみんな赤の他人だよ。けど、ずっと一緒に暮らしてるから家族みたいなものだけどね」
「お前も孤児なのかしら?」
「そうだよ。赤ちゃんのときに教会の前に捨てられてたんだって。それを今のシスター長が拾ってくれて、育ててくれたんだ」
「そう、だったの……」
「別に孤児だからって気にしないで。教会での暮らしはそれなりに楽しいし」
「べ、別に何とも思ってないわよ! 勘違いして貰っては困るわ」
北門へ向けて二人が歩いていると、そこら中でひそひそと話し声が聞こえた。まとわりつくような視線に居心地の悪さを感じて、シャノンは足を速める。
昨日とは打って変わって、近寄ってくる者はほとんどいなかった。希にシャノンに話しかけてくる者もいるが、ファリレの姿を視界に捉えると表情が強ばっていた。
それはそうだろう。自分たちを殺そうとした親玉が目の前にいるのだ。無力化されたと言われても、易々と安心できるものではない。これが通常の反応なのだ。昨日はシャノンが勝ったという衝撃的な展開のせいで、そのことがあまり意識されていなかったのだろう。
今日、ファリレは角も尻尾も付けていなかった。彼女自身も魔人としての装飾品を付けるのはあまり好ましく思っていなかったようで、いい機会だと全部置いて来た。今の彼女は耳がわずかに尖っていること以外、人間の容姿とほとんど変わらない。もしも彼女の髪色が毒々しい紫色ではなく、平凡な黒色だったなら、ここまで注目されることはなかっただろう。
大門が開かれた北門を抜けて、二人は昨日の戦場を歩いた。抉られた地面の名残がまだ見受けられるが、飛び散った血はどこにも見当たらない。すでに清掃が行われたのだろう。いつまでも凄惨な光景をとどめて、街への往来に支障をきたす道理はない。
二人は道を逸れて平原の中で足を止めた。街からも道からも距離があるので、何をしてもそうそう迷惑が掛かることはない。
「これからするのは基礎中の基礎よ。まず、私から流した魔力を感じなさい。それを自分の中に取り込んで、身体中を巡らせるの。最後に、右手に昨日と同じように玉を作る。いいわね?」
「うーん、とりあえずやってみるよ」
ファリレに促されるままに手を握る。
「なんで手を握るの?」
「魔力は肉体接触している部分でしか譲渡できないのよ。そんなことも知らないのかしら?」
「…………」
じっと見つめるシャノンに、ファリレは狼狽した。
「な、なによ」
「ファリレって顔は可愛いんだからさ、そんな風につっけんどんな態度取ると損するよ?」
「う、うるさいわね! とっとと始めなさいよ!」
赤面するファリレに、シャノンは呆れた表情で肩をすくめた。そうして、繋いでいる手を一旦解き、指を絡ませて握り直した。
「ちょ、ちょっと……」
「ん? どうしたの? 接触面積が広い方がいいんじゃないの?」
「それは、そうだけれど……」
ファリレがしおらしい態度になってきて、シャノンは内心でほくそ笑んだ。少しずつ扱い方が分かってきた。
「じゃあ、始めようか」
少しして、ファリレの右手から熱が伝わってきた。それはぬるま湯のような温度で、左手の内側を通って体内に侵入する。じわじわと広がっていき、肘の辺りまで上ってきた。
「温かい……」
「感じ取れているようね。次はそれをゆっくりと全身に巡らせて。身体を魔力で満たすような感じでね」
シャノンは瞳を閉じて、左腕に溜まった熱に集中する。それを上らせて、肩、胸、右腕、首、頭、胴、腰、足へと順々に移動させていく。ファリレからは止めどなく魔力が流れているため、それは徐々に全身を満たしていく。
熱が全身に回りきったのを見計らって、シャノンは右手を空に向ける。手のひらから魔力の青い粒子が渦を巻き、玉を形成していく様を思い浮かべる。瞼を開くと、手の上にはイメージ通りの蒼玉(そうぎょく)が出来上がっていた。
「お前、本当に初心者なのかしら? 普通なら、まともに魔力操作できるようになるまで二週間くらいかかるわよ?」
「そう、なんだ……」
シャノンは蒼玉を眺め、口元を緩めた。
何も才能がないと思っていた。剣も魔法も何もかも。所詮は捨て子だからと、どこか自分に言い訳をしていたところもあった。だが、違った。自分にも才能はあった。そのことが嬉しくてたまらない。
「これから徐々に流す魔力量を多くするから、限界が来たら言いなさい。そこが今のお前に制御できる最大量よ」
途端、伝わる熱の温度が跳ね上がった。
「徐々じゃないの!?」
「うるさいわね! これでも抑えてるのよ!」
温度は、一定になったかと思えば再び一気に上がったりと不安定に遷移している。昨日のような温度にはまだ達していない。だが、このペースで温度を上げられるとすぐに限界が来そうだった。
少し左腕が痛んだ。耐えられないほどではないが、熱が腕の感覚を麻痺させ始めている。これ以上は昨日の二の舞になると判断して、シャノンは声を上げた。
「じゃあ、全魔力を蒼玉に集中させて」
ファリレが手を放し、魔力の供給が絶たれる。だが、すでにシャノンにため込まれた魔力は膨大で、そのすべてを右手に収束させるのは一苦労だった。神経をすり減らし、疲労を蓄積させ、果てそうな右腕を左手で支える。
シャノンは歯を食いしばり、最後の一滴まで搾り取るように魔力を注ぎ込んだ。その頃には巨大な玉になっていて、頭上に掲げなければシャノン自身を優に飲み込んでしまうほどだった。
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