第9話 怖いもの知らずな子供たち

 日が暮れてきたので、鍛錬を切り上げて二人は教会に戻った。


 敷地内に入ると、一斉に視線がこちらを向いた。横で息を呑む音がして、シャノンは彼女の前に立って視線を遮る。何気ない動作でやったつもりだったが、彼女は気づいたらしい。


「別にいいわよ。私はお前たちにとって脅威そのものだもの」


 教会の裏口へ足早に向かうファリレの後を追いかける。扉を開けて彼女が中へ消えると同時、悲鳴が響いた。


 シャノンが慌てて中へ入ると、そこにはサリーに手を引っ張られているファリレがいた。


「何やってるの……」


「ちょっと、これ何とかしなさいよ! お前の妹でしょう!?」


 ファリレは必死に抵抗するが、サリーも諦める様子はなく、膠着状態が続く。しかたなく止めに入ろうとすると、サリーに鬼の形相で睨まれた。近づけば噛みつかれそうなほどに獰猛な八重歯を覗かせ、彼女は少しずつファリレを引きずっていく。


 鍛錬のせいもあってかファリレは少しずつ弱っていき、ついにはサリーに手を引かれて奥へ消えた。


「一体、何が……」


 魔王の娘に対して、まったく臆する様子もなく接していたサリーに舌を巻きつつも、ファリレをどうしようとしているのか気になって後を追いかける。階段を上った二階がみんなの寝室になっていて、いくつも並んだ扉の一番奥がサリーのいる部屋だった。この部屋には一四歳くらいの女の子たちが集められている。


 閉められた扉の中から物音がして、微かにファリレの声が聞こえた。何やら揉み合っているようだが、扉に耳を当てるような犯罪じみた真似はしない。


 大人しくその場を離れようとしたところで、勢いよく扉が開かれた。


 少女たちが出てきて、シャノンに群がった。


「シャノンお兄ちゃん覗き?」


「えっちえっち」


「うわー、変態だー」


 三人の頭を順番に撫でながら間違いを指摘していくシャノン。少し前は無邪気にはしゃいでいた彼女たちだったが、最近はませてきた。シャノンは小さい頃から彼女たちの面倒を見てきたので、その成長は嬉しくもあり、物悲しくもあった。これからどんどん手が掛からなくなっていくのだ。


 感慨にふけっていると、一際大きな音を立てて部屋の中からサリーが現れた。可愛らしい顔を鬼のような形相に歪めて、シャノンを睨み上げる。


 膨らませた頬で彼女の顔が余計に丸くなって、壮絶な可愛さを放っていた。


「お兄ちゃん、何笑ってるの?」


「いや、何でもないよ。サリーこそ、何で怒ってるの?」


 声を詰まらせたサリーは頬を赤く染めてそっぽを向いた。


「…………お兄ちゃんがえっちなことしてるからでしょ」


「あれは誤解だよ。昨日も説明したでしょ?」


「男はみんなそう言うけど、本当は裏でしてるんだって、ミリネちゃんが言ってたもん」


 ミリネとはシスターの一人だ。彼女は多くの男に裏切られた過去があり、もう色恋沙汰はたくさんだと、ここを訪れたらしい。信仰熱心な一面とは裏腹に、あまり素行がいいとは言えない女性で、子供たちに悪影響を与えることもしばしばだった。


「ミリネさんの言うことを鵜呑みにしちゃだめだよ、サリー」


「……けど、絶対あれ、入ってたもん」


「入ってたって何が?」


 シャノンは膝を曲げてサリーと同じ目線に落とした。狼狽えて視線を逸らそうとするサリーの頭を両手で固定して、強制的に目を合わせる。


「ほら、お兄ちゃんに聞かせてごらん?」


 見る見るうちに顔を赤くして、サリーは黙り込んでしまった。うっすら涙が浮かび始めたのを見て、シャノンは両手を離した。


「女の子が入ってたとか入ってないとか口にしちゃ駄目だよ? はしたないからね。分かった?」


 素直に頷くサリーの頭を撫でてやると、すぐに目元を和らげた。頬も緩み、いつも通りの彼女に戻る。


 今度ミリネにお灸を据えないといけないなと意気込むシャノンだったが、そこではたと気がついた。


「ファリレはどこ?」


 サリーたちは顔を見合わせると、一斉に部屋の中を指さした。


 シャノンは何の躊躇いもなく部屋の中に入った。掃除などで何度も訪れているので、何も感じない。女の子の部屋と言うよりは、妹の部屋だった。


 入ってすぐに二段ベッドの一段目に身体を投げ出したファリレを見つけた。先ほどまで来ていた露出の高い服ではなくて、麻で出来た膝丈のチュニックを纏っていた。ウエストに布を巻いていて、くびれから臀部にかけての滑らかな曲線が強調されている。


「どうしたの? それ」


「そこのガキどもにやられたのよ!」


 憤慨しながらファリレがベッドから起き上がった。敵意むき出しで睨むファリレに対し、少女たちは部屋の外から顔を出して様子を窺っている。


「なんで私が下級種族と同じ服を……」


 全身を見下ろしてげんなりするファリレ。


 シャノンはそれを見て、意外にも馴染んでいることに驚いた。紫の髪はやはり目立つが、それでも服装を変えるだけで異形の者だという印象がかなり薄くなった。


「よく似合ってるよ」


「嬉しくないわよ!」


「サリー、わざわざ用意してくれたの?」


「うん。昨日からみんなで作ってたの」


「そっか、みんなありがとう」


 頭を撫でてやると、嬉しそうに目を細める。


「……お兄ちゃんを惑わす服をずっと着てられたら困るもの」


「ん? 何? 今、俺がどうとか言ってなかった?」


「ううん、何でもない」


 ニコニコとした花のような笑顔の裏に潜む強かな一面に、シャノンは気づかない。

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