第5話 失われた第五元素

「お母さんは今どうしてるの?」


「魔王城の地下牢獄に繋がれているわ。そこから出られないまま、儚い一生を終えるのよ」


「お母さんを助けるために魔王を倒すってこと?」


「ば、馬鹿なのかしら? 人間なんかのために私が骨を折るわけないでしょう! た、ただ魔王になって世界を征服したいだけよ。それだけなんだから!」


 にじり寄るファリレ。もの凄い剣幕で捲くし立てるが、その実、頬が赤らんでいた。シャノンはそれに気づき、微笑みを返して頷いた。


「ところで、俺たちって結婚するの?」


 怒り気味だったファリレから表情が消えた。かと思えば、見る見る顔が赤くなり、湯気が出そうなほどに染まった。


「なっ――何でそうなるのかしら!?」


「だって、魔王を倒しに行くのって結婚相手とでしょ? 俺が魔王を倒すなら、ファリレの結婚相手は俺ってことでしょ?」


「そ、それは、その……私はもう、お、お前のものだし……そう、なる……のかしら」


「そっか」


「そっか、って……」


 ファリレは目を細め、軽蔑の眼差しを送る。


「随分と軽いわね。人生の重要な選択なのよ?」


「んー、まあ、ファリレ可愛いし、一緒にいて飽きないと思うし、それもいいかなって思うよ」


「か、かわっ――」


「ねえ、それよりさ。どうやって強くなるの?」


 シャノンの声など聞こえていないようで、ファリレは「可愛い、私が……」とぼそぼそ呟いている。


 シャノンは眉間にしわを寄せて、ファリレの顔を覗き込んだ。


「ねえってば!」


「えっ――あ、ああ、そうね」


「聞いてなかったでしょ?」


「ちゃ、ちゃんと聞いていたわよ! 結婚式を挙げる場所よね」


 シャノンがため息を漏らす。ファリレは狼狽した様子で意味の分からない言葉を並べ立てて誤魔化そうとしたので、シャノンは諦めて話の筋を戻した。


「俺が強くなる方法だよ」


「あっ、ええ! そうだったわね」


 咳払いをして、ファリレは偉そうに腰に手を当てた。


「そんなの簡単よ。魔法を覚えればいいのよ」


 自信満々に答えるファリレだが、シャノンは苦い表情で頬を掻く。それに気づいたファリレが問うと、シャノンは言い難そうに口を開いた。


「俺さ……魔法使いの適性がないんだって」


 ファリレは驚きのあまり目を見開いた。わずかに声が荒くなる。


「…………は? そんな生きものが存在するの!? 魔法なんて魔力さえあれば誰でも使えるのよ?」


「前に凄腕の魔法使いに見て貰ったんだけどさ。魔力が極端に少ないから魔法なんて使えないし、たとえあったとしても、どの属性にも適性が皆無――むしろマイナスだから無理だろうって」


「…………け、剣の腕前は……」


「さっきの戦いで見て貰った通りだよ」


 頭を抱え、ファリレはシャノンを睨みつける。


「……お前、それでよく勇者になろうと思ったわね」


「……努力すれば強くなれると思ったんだよ」


 呆れ果てるファリレを今度はシャノンが睨み返す。嘆息した彼女は諦めたように肩をすくめた。


「まあ、いいわ。とりあえず魔法を試してみましょうか。凄腕と言っても所詮は人間。魔人の私が見れば何か分かるかも知れないわ」


 ファリレは立ち上がると、シャノンの手を引いて部屋の真ん中に立たせた。向かい合ってシャノンの手のひらを上に向け、両手で包むように握る。


「いい? 私の魔力を貸してあげるから、手のひらに魔法を発動して見せなさい。地、水、火、風。これらを順番にイメージして、何かしら変化が起きれば適正ありよ」


 シャノンが頷くと、ファリレは握った手を通して魔力を流し始める。


 以前、シャノンが魔法使いに見て貰った際も同じ方法だった。そのときは最後まで何も起きず、ただ手のひらで魔力が渦巻いていただけだった。


 シャノンは順番にイメージする。


 地――土の塊が現れる様を。


 水――水が渦巻く様を。


 火――炎が燃えさかる様を。


 風――風が巻き起こる様を。


 だが、一通りイメージしても、それらの現象は起きなかった。以前と同様に手のひらに青い煙のようなものが渦巻き、球体を為す。魔法使いが言うには、それは魔力が何の属性も帯びないままに出てきてしまったものらしい。属性がない故に何の役にも立たず、ある意味、それは魔法使いとして致命的に才能がないということだ、と。


 がっくりと肩を落とし、落胆するシャノン。


 目の前でそれを見ていたファリレは、反対にその表情を驚愕に染めていた。


「やっぱり駄目だったね」


 シャノンが苦笑するも、ファリレは反応しない。呆れ果てて耳に届かなかったのかとシャノンがもう一度口を開こうとすると、手のひらに落ちていた視線が上を向いた。シャノンと視線が結ばれる。


「……お前、馬鹿なのかしら?」


「馬鹿って、ちょっと酷く――」


「馬鹿よ! 大馬鹿よ! お前を調べた魔法使いは、とんだ無能だわ。まさか、五つ目の元素を知らないなんて」


 首を傾げるシャノンに、ファリレは苛立たしげに声を荒らげる。


「いいかしら? 魔法の属性は四大元素の地、水、火、風のいずれかに該当するの。ただ一つの例外を除いて、ね。それが空」


 空。それは『空っぽ』を意味する属性だ。伽藍、空白、虚無。それはすなわち、存在しないということ。だが、存在しないものを観測することはできない。何もなければ、何もないということさえ証明することができない。故に、空の属性は存在しないものを存在させるという性質を持つ。


「まあ、空の属性はもう失われたということになっているから、下等種族が知らないのも無理ないわね。私も実際に見るのは初めてだわ。お前の魔法は…………そうね、『魔力を物質化し、固定する』といったところかしら」


「うわっ、何かそういう特別な感じ、すごく勇者っぽい! それで、これってどれくらい強いの?」


「さあ?」


「さあって……」


 潔く首を傾げるファリレに、シャノンは面食らって言葉に詰まる。


「火なら燃える、水なら濡らす、とかみたいに分かりやすい性質がないから、何に使えるかと言われてもさっぱりよ。それはお前が考えなさいよ」


 突き放すような言い方に、シャノンは苛立ちを覚えた。


「なーんだ。あれだけ人間の魔法使いを馬鹿にしておいて、自分も分からないんじゃん。ファリレも大したことないんだね」


 その言葉を聞いたファリレは眉をピクピクと痙攣させ、双眸を尖らせた。


「はあ!? 何よそれ! 人間と一緒にしないで貰えるかしら!? 見たでしょう? 私の魔法を! その気になれば、こんな街なんて――」


「いっ――」


 ファリレの言葉を遮るようにシャノンが呻き声を上げた。差し出していた右腕を押さえ、苦悶の表情を浮かべる。


「熱いっ――」


 ファリレが触れている箇所から耐えがたい熱が流れ込み、それが全身に回っていく。沸騰したお湯を血管に流し込まれているような、強烈な痛みが体中を駆け巡った。身体が燃えているような感覚に悲鳴を上げる。


 シャノンの手のひらに渦巻いていた魔力の球体は、膨張して大きさを増し、ついに天井をわずかにえぐり取った。


 それを見て、ファリレは慌ててシャノンの手を放した。瞬間、球体は霧散し、青い粒子となって宙へ消えていった。

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