第4話 勇者への道
「はあ……何なんだ……」
シャノンはベッドに身体を投げ捨てるように倒れ込んだ。疲れ果てた表情で大きなため息を漏らす。その横にファリレが腰掛け、鼻で笑った。
「随分と街にいる下等種族から好かれているようね」
教会に着くまでの間、二人は道端にずらりと並んだ野次馬たちから歓声を受けていた。まるでお祭りでも始まるのではないかという騒ぎに、心身の疲れがどっと増したのだ。
「いや、少し前は俺のこと嘲笑う連中ばかりだったんだけどね……」
シャノンは腑に落ちない表情で二段ベッドの天井を見上げる。彼が寝転がっているのは一段目の方で、正確には天井ではなく二段目の裏が視界に映っている。
二人は教会にあるシャノンの部屋に来ていた。シャノンの部屋と言っても、二段ベッドが二つ設置されている共同の寝室だった。
教会は身寄りのない子供たちを保護しており、一人に一部屋をあてがえるほどの余裕はなかった。今はシスター長に言って、二人きりにして貰っている。
「嘲笑う?」
「うん。俺さ、見ての通り貧弱で……男っぽくないでしょ? しかも、勇者になるのが夢でさ。それを言ったら、みんなに笑われた。お前みたいな弱い奴になれるわけないだろ、って。それでいつもからかわれてた。それが悔しくて、だから強くなって見返しやろうと思って」
「そう。ならよかったじゃない。私を倒して、みんなに認められたわよ」
「それは俺が強いからじゃないでしょ。ファリレがわざと負けたからだよ」
シャノンは穏やかな声で言った。
「いつだって俺のこと殺せるくせに」
「拗ねてるのかしら?」
「かもね」
シャノンは足を持ち上げ、下ろす力を利用して身体を起こした。ファリレに顔を向けて苦笑する。
「勇者になるのが夢だって言って、笑わなかったのはファリレが初めてだよ」
「笑うも何も、お前は勇者になるのよ?」
「え?」
シャノンは目を丸くし、まるで時間が止まったかのように唖然とした表情で固まった。
ファリレは「当然でしょ? 何を言っているのかしら、この下等種族は」とでも言いたげな表情で首を傾げる。
しばらくして、ようやく我に返ったシャノンは驚愕の叫び声を上げた。
「え、俺が勇者に?」
「そう言ったのだけれど、聞こえなかったのかしら? 愚鈍なご主人様にもう一度言ってあげるわ。お前は勇――」
「本当に!?」
シャノンは押し倒す勢いでファリレの両肩を掴み、ぐっと迫った。
あまりに唐突な接近に対してファリレが赤面するのにも構わず、シャノンは捲し立てる。
「ねえ、本当に勇者になれるの? 俺が? どうやって? え、あのとき言ってた魔王倒しに行くって口からでまかせじゃなかったんだ!? うわっ、すごい! そっか、そっか! ありがとうファリレ!」
まるで幼い子供のように瞳を爛々と輝かせ、屈託のない笑みを浮かべるシャノン。あまりの喜びに興奮したまま、勢いに任せてファリレに抱きついた。
「ちょ、ちょっと――」
「ああ、もう信じられない! ファリレ大好き!」
「――っ、な、な、ななななな何を言っ――す、好き、とか言われても、その……困るというか……も、もう少し、お互いのことをよく知っ――」
「ねえ、どうやって勇者になるの? 何か凄い聖剣とかくれるの? それとも凄い魔法?」
「っ――何なのよ、もう!」
ファリレは喚きながら力尽くでシャノンを引き剥がすと、突き飛ばした。
「お前、さっきから何なの? 私の心を弄ばないでくれるかしら?」
「あ、ごめんごめん。勇者になるって言うからつい興奮しちゃった」
シャノンは照れ笑いを浮かべながら後頭部を掻く。
「というか、ファリレって高飛車な割に純粋なんだね」
「あ、あんまり馬鹿にすると、指を鳴らすわよ?」
言いながら指を合わせて見せるファリレ。少し力を込めてずらせば、それだけで高威力の魔法が発動する。教会程度であれば、余裕で瓦礫の山に変えることができるだろう。
だが、シャノンは臆した様子もなく微笑んだ。
「ファリレはそんなことしないよ。さっきの戦いでも、誰も殺さなかったでしょ。優しいんだね」
街の外での戦いは、負傷者こそ多数出たものの死者は出なかった。街の人々は奇跡だとか神様が守ってくださったとか言っているが、シャノンはそうは思わない。ファリレが手を抜いて、誰も殺さなかったのだと考えていた。根拠は特にない。ただ、ファリレと会話して分かった彼女の人柄から何となくそう思った。
「ふ、ふんっ。まったく、おめでたい奴ね。に、人間ごときに本気を出すなんて私の負けも同然でしょう? ま、まあ、手を抜いていたことに気づけたのは褒めてあげるわ」
「ねえ、それより勇者になる方法を教えて?」
ファリレは頭痛を堪えるようにこめかみを押さえて、ため息を吐いた。
「おかしいわね。さっきまで自分の力で認めて貰わないと納得できないみたいなスタンスじゃなかったかしら?」
「うん。え、勇者になるって、強くなるってことでしょ?」
「……まあ、そうね。お前には最終的に魔王を倒して貰わないといけないもの」
その言葉にシャノンは首を傾げた。魔王を倒すということはファリレの父親を倒すということと同義だ。魔王側にいるはずの彼女が、何故人間の味方をするのか訳が分からなかった。その疑問を感じ取ったのか、ファリレは説明を始めた。
曰く、魔人という種族は魔族を束ねる存在でありながら、人間との間にしか子孫を残せないのだという。故に魔人たちは人間を襲い、その中で結婚相手を選んで攫った。
そして、連れ帰った相手とともに当代の魔王を打ち倒した者が、次代の魔王として君臨することができるという決まりがあった。だからこそ、結婚相手の人間はより強い個体が好まれた。
当代の魔王は夫の方が魔人で、妻は人間だという。ファリレは三番目に生まれた魔王の子供であるため、自身が後を継ぐ気満々のようだった。ただし、競争相手は分家も含まれるため、後継者争いは毎回苛烈を極める。あるときは、後継に決まった者以外が屍と化したほどだ。
そうして、彼らは代を経るごとに魔人としての血を薄めながらも、力を保っているのだという。また、血が薄まったことにより角や尾が生えなくなったので、それは装飾品で誤魔化しているのだとか。
「そんな話、初めて聞いた」
「当たり前でしょ? これは魔人の間でしか語り継がれていないことだもの。人間との間にしか子供が出来ないなんて知れたら、魔族が黙っていないでしょうから」
「けど、結婚相手を探すだけなら、人間を襲わなくてもよくない?」
「元々、私たち魔人にとって人間は敵で、下等な生きものっていう認識だもの。それに魔族の長である以上、魔族が人間を敵だと思っている限り友好なんて結べないわ。まあ、中には人間と手を取り合って生きていこうとする者もいるけれど、例外中の例外ね。ほとんどは結婚相手さえ、子孫を残すための道具にしか思っていないわよ。特に、当代の魔王はね。私の母は酷い扱いを受けているわ」
伏せられた眼差しからは哀愁が漂った。長い睫は母親譲りだろうか。ファリレの恵まれた容姿からするに、母親も綺麗な人なのだろう。
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