第4行目  いざ畑へ

「スズ、ここが俺たちの畑だぞ」


 奈央が鼻歌を歌いながら5分ほど歩いてたどり着いたその場所。近くには川が流れており、見渡す限りの野菜たちが植わっていた。


「これが小松菜、その隣が人参、そしてその隣が……」

「あー、あー」


 奈央がつらつらと畑の野菜たちを紹介している。スズはその言葉を嬉しそうに聞いていた。内容は全く分かっていないが、色とりどりの野菜たちを見るのが楽しいのだろう。瞳がキラキラと輝いている。


「お! これはもう収穫できそうだな。スズ、取ってみるか?」

「んー?」


 ちょうど奈央とスズの目の前には大きなピーマンが。美味しそうな緑色で食べ頃のよう。


「きちんと持っているのだぞ」

「うー?」

「こう力を入れて、プチッとすると……」


 スズにピーマンを持たせて、その上から奈央の手が包み込む。そして、優しく力を入れて二人でピーマンをもぎった。


「ほれ、取れたぞ」

「おー」

「ピーマンだぞ、ピーマン」

「まぁー」


 初めて自分で採った収穫物。スズは嬉しいのだろうか。キラキラとした瞳でピーマンを見つめていた。




※※※




「さて、そろそろ戻ろうか」

「うー」


 ピーマンの他にもサツマイモ、ラディッシュなどなどいくつかの野菜を収穫し、持ってきた籠を一杯にした二人。土をぱんぱんと払って畑を後にする。


「帰ったぞい」

「うっうっー」

「お帰りなさい。ナツキがまだ帰ってきてないので、ご飯はもう少し後です」

「そうか」


 収穫した野菜たちをキッチンへと運び、しっかりと手を洗う。ふぅと息を吐けば、現在時刻は12時30分。ナツキはいつ帰ってくるだろうか。そんなことをぼんやり考えていると、お腹の音が鳴り響く。


「腹が減ったな」


 今日のお昼ご飯は何だろうか。畑仕事を頑張ったので、ガッツリとお肉を食べたいような気がする。それでいて汗をかいたので、サッパリとした味付けだとなお良しである。しかしこればかりは料理担当のナツキ次第なので、そうであることを願うしかない。


「うっうー」

「ん?」


 お腹をさすっていれば、スズが何かに興味を示した。抱えている腕から身を乗り出し、縁側の方へ手を伸ばしている。その方向へ目線を向ければ……


「ウサギか」


 真っ白な野兎が庭をぴょこぴょこと跳ねて遊んでいる。スズはその動きが楽しいのだろう、手を伸ばしながらウサギを眺めていた。スズとウサギちゃん。何とも微笑ましい組み合わせだなと思っていれば……


「よかろう! このジイがさばいてやる。スズ、よく見ておくのだぞ」

「う?」


 キラーンと目を光らせて、奈央が行動開始。抱っこしていたスズを下すと、腕まくりをしながら音を消してウサギのそばへ。そして、素早くウサギの前に回り込むと、逃げる隙も与えず、ワッと威嚇する。気弱なウサギはそれと同時に、ピタリとその動きを停止し、ぱたりと倒れ動かなくなってしまった。


「おっおっ?」


 一瞬の出来事にスズが不思議そうな声を上げている。

 圧だけで意識を奪い取るとは、流石はドラゴン。生物の頂点に立つ存在なだけはある。


「よし、これで飯にありつけるな」


 奈央は満足げに倒れたウサギを抱きかかえると、キッチンへ戻ってくる。そして、その身体をまな板の上にドカンと置いた。キラリと光る包丁を手に持ち、ウサギの身体に突き立てようと掲げる。


「では!」

「何をしているんですか、クソジジイ!」


 包丁を振り下ろそうとした瞬間、キッチンの扉がパッターンと開いて、鬼の形相の千景が登場。


「おう、千景。お前もお腹が空いたのか。ちょっと待て、今ウサギを……」

「待つのはあなたの方ですよ、ジジイ! 子供の目の前で何てことをしようとしているのですか!」

「あやぁ、ダメだったかな?」

「ダメに決まってます!」


 千景は机の上に座っているスズを素早く引き寄せ、胸に抱く。


「全く、殺気を感じたので何事かと思って来てみれば。スズの前でウサギちゃんをさばこうとするなんて! 子供には刺激が強すぎます! グロテスク過ぎます!」

「そうかなぁ?」

「そうですよ! もう! あなたに任せておくと事故が起こりそうです。私が預かります。スズ、行きますよ」

「あー?」

「それとそのウサギちゃんはきちんと野生に返しておいてください」

「……あい分かった」


 しょんぼりとしながらも、よだれを垂らしてウサギを見つめる奈央を、千景はもう一睨み。奈央は慌ててよだれをぬぐい、ウサギを庭へ放した。


「はぁ、油断も隙も無いですね。怖かったでしょう、スズ。でももう大丈夫ですからね」

「わー」


 千景はスズを連れて居間へやってくる。そして自分の横に座らせて、洗濯物畳みを再開した。スズは最初は大人しくその仕草を眺めていたのだが、次第に真似したくなったのだろう。手近なタオルを引き寄せて、パタパタと遊び始めた。


 キャッキャッとしながら遊んでいるスズを見て、千景の胸にモヤモヤとした感情が沸き起こる。


 もし奈央が見つけなければ、この子はいつまで銀杏の木の下に居たのだろう。


 おそらく今回は、運よく置かれたすぐに奈央が見つけた。しかし誰がいつ見つけるとも分からない山の中。更には不気味な噂があるこんな山だ。誰にも見つからないままということの方が考えられたのに、こんな幼子を捨て置くとは。


「そうまでして離れたい理由があったのですか」


 他者の感情は理解し難いことが多い。ましてや生きている年月も環境も違う人間とドラゴンでは理解しようとすること自体間違っていることなのかもしれない。

 だけど、今なら……この子の親を探すことが出来るのではないだろうか。どんな理由があったのか分からないが、スズはここで暮らすよりも親元の方が幸せなのではないだろうか。

 この子を育てると決めたものの、スズのためには何が幸せなのか。胸のモヤモヤは晴れてくれない。


「帰ったよ」


 そんなことを考えていれば、ナツキの声が響く。時刻はもう間もなく13時30分になる。随分と時間がかかったものだ。

 初めての人の子の子育て。たくさん悩んで買ってきたに違いない。運ぶのを手伝ってやろうかと玄関へと足を進めれば……

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