第3行目 それぞれの担当へ
「そう言えば名前どうするんです」
奈央が少女と戯れる中、千景が思い立ったように声を上げた。
少女はまだ1歳前くらいの年齢だろうか。お座りは出来るし、ハイハイも一応出来ているが、まだ立ち上がることはできないようだ。
そんなくらいの年齢である。仮に彼女に名前があったとしても、それを発することはできないだろう。
「小さいから、チビでいいんじゃね?」
「ダメでしょう。成長したら大きくなりますよ」
「大きくなったら大ちゃんに改名する」
「ナツキ、私は真面目な話をしてます」
ふざけているナツキを千景の一睨みで黙らせた所で、少女の名前を何としよう。こちらは人の世に疎いドラゴン。流行の名前なんて知らないし、ましてや子育て初心者。どんな名前にすればいいのか全く分からない。どうしたものかと千景が頭を捻っていれば、奈央から小さく声が漏れた。
「スズ」
「え?」
「この子の名前はスズにしようと思う」
そちらを見れば、奈央は優しい光をその目に宿して少女を見つめていた。あたたかな眼差しを妨げてしまうのが忍びないくらいに、愛おしく。
「……由来を聞いてもいいですか?」
躊躇いがちに千景が尋ねれば、奈央は少女の頭を優しく撫でながら告げる。
「俺がチビを拾ったのは、銀杏の木の下。葉が風に吹かれて、鈴の音のように響いておった。だから、スズ」
優しい響きを持つその音の名前。成長したら、この子はその名前が似合う女性になるだろうか。
「スズ、それがお前の名前だぞ」
「ううー」
「そうか、そうか。気にいったか、愛いやつめ」
少女、改めスズからキャッキャッと笑みが零れている。どうやら名前を気に入ってくれたようだ。奈央が彼女を抱きしめながらクルクルと回った。
※※※
「さて育てるにしても、いろいろ買ってこないといけませんね」
「俺、この後買い物行くし、ついでに買ってくるよ」
「ナツ、よろしく頼むぞ」
「おう!」
正式にスズを迎えることになり、諸々準備を整えることになった彼ら。ここは男性(ドラゴン)四人しか住んでいない。幼い女の子を育てるための物品が圧倒的に不足している。
「えっとぉ、何がいるんだ? とりあえずおチビさんの服?」
「そうですね、後はオムツやオモチャ、ご飯も入りますね?」
「「え?」」
「え?」
『ご飯』と呟いた千景に対して、奈央とナツキから戸惑いの声が漏れた。予想外の反応に千景も驚き、しばし三人で見つめ合う。
「……俺たちと一緒の物食べるんじゃねーの?」
「俺もそう思っていた。人の子は野菜やら肉やら食すのであろう? 我らと同じではないか。それではダメなのか?」
「この子はまだ小さいですから、そういう物は早いと思いますよ。スズお口を開けてくださいな」
奈央に抱かれていたスズに優しく微笑みかけながら、千景はスズの頬をむにっとして口を開かせる。
「うー?」
「ほら、歯があまりありません。これでは硬い物は食べられないでしょう?」
「なんということだ、抜けてしまったのか!」
「これから生えてくるんですよ、お馬鹿さん」
子供を育てるということについてほとんど情報がない彼ら。一応千景に多少なりの知識がありそうではありそうではあるがことが、果たしてスズは無事に成長出来るのか。何だか胃が痛くなってきた気がする。
「それじゃあご飯も買ってくる。町の人に聞けば他にもいろいろ買えるっしょ!」
ナツキが自信満々に呟いているが、本当に彼に任せて大丈夫だろうか。若干の胸騒ぎがしなくもない。
「昼少し過ぎるかもしんない。帰ってきてからご飯作るから、待ってて」
「変わりましょうか?」
「いや、今の担当俺だし。二人は自分の仕事あるだろ? 悪いけど待っててよ」
ナツキは申し訳なさそうに呟いた。
この家では家事などは当番制で回っている。その役割は主に四つ。
野菜を育てている畑、鶏たちの声が響く小屋。この二つの世話をする畑担当。
朝昼晩の食事・片付け、三時のおやつ、食材やその他日用品などの買い出しを行うごはん担当。
四人分の洗濯、部屋の掃除、庭の草むしり、お風呂の準備などを行う掃除担当。
街に出かけてお金を稼ぐ仕事担当。
これらの役割を交代しながら、日々の生活を送っている。そして交代周期は50年毎。今の担当は上から順に奈央(1000歳)、ナツキ(700歳)、千景(600歳)、そして今仕事に出かけているゼン(400歳)である。この担当になってからかれこれ32年が経過中。
「んじゃ、行ってくる」
「「行ってらっしゃい」」
トントンと靴を鳴らしてナツキは元気に出掛けていく。もうここまできたらきちんとしたものを買ってきてくれることを祈るしかない。
「さてと……」
ナツキを見送った二人。スズのことがあり時間を取られてしまったが、二人にも今日やるべき担当の仕事がある。そろそろ動き出さなければならない。
「奈央、私は洗濯物を干してきますが、スズはどうします? 私が見ていましょうか?」
「いや、スズの面倒は俺が見るぞ! 大人しそうだし、一緒に畑に行ってくる」
そう言うが速いが、奈央は軍手やシャベルなど、畑へ持っていく物をテキパキと取り出し始めた。そしてぽてっと座っていたスズの前にしゃがみ込む。
「ほら、スズ。まずはこれを飲め。麦茶だぞ」
「うー」
コップにストローをさしてスズの前に置く。すると彼女はグビグビと飲んでくれた。
見たところ怪我はしていないし、着ている服も綺麗。喉が渇いていただけで、その他は置き去りの影響は受けず元気なようだ。運よく置かれたすぐに奈央が見つけたのだろうか。
「よぉし、スズ。では俺と畑に行くぞ!」
「あー?」
「野菜がいっぱいなのだぞ、楽しみだな!」
「んんー」
水分補給が終わった所で、奈央が笑いかけながら彼女の頭にハンカチを置いた。顎の所でキュッと結び、帽子代わりに。花柄の可愛らしいハンカチが、スズの小さな頭を包み込んだ。
「では行ってくる」
「行ってらっしゃい。気をつけてくださいね」
スズと畑に行くのが楽しみなのだろう。奈央は鼻歌交じりで進んでいく。
楽しいことばかりではないのだろうが、小さな命が加わったことを素直に喜んでもいいのかもしれない。千景はぼんやりとそんなことを思いながら、洗濯物を干しに向かった。
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