第1章

第1行目  ドラゴンの住まう場所

 ここはとある町のとある山。季節は秋。冷たい風が、黄色に色付いた銀杏の葉を撫でていた。

 のどかな山の中では小鳥のさえずりが響き渡り、穏やかな時間が流れている。しかし、この山には不気味な言い伝えのある真っ赤な鳥居があった。


 山の頂上の少し下辺り、そこには古く昔から存在する鳥居がある。誰が何のために作ったのかわからない。いつ頃作られたものなのかも分からない。ただ一つ分かっていることは、ずっと昔からそこにあるということだけ。今日も銀杏並木の中に佇む赤色は、何とも不気味で幻想的な風景を創り出していた。

 そして不気味なのはこの鳥居の存在だけではない。この鳥居には長く人々に言い伝えられていることがある。

 それは「鳥居の先には人喰いドラゴンたちが住んでいる」ということ。


 誰が言い始めたか分からない。本当にドラゴンが住んでいるのかも分からない。この不思議な言い伝え。ドラゴンに食べられてしまうのではないか、何か良くないことを引き起こしてしまうのではないかと、人々が山の奥へ進むことはない。

 しかしたとえこの言い伝えがなかったとしても、人々は山の奥には入らないだろう。なぜなら奥に行くにつれて熊や猪などの危険な野生動物たちが生息しているから。そして山の奥は霧がかかっていることも多く、方位磁針も狂ってしまうため方角が分からない。遭難する可能性が非常に高い。そのため人々が入山するのはせいぜい麓付近で山菜を採取するくらいで、奥へ入ろうとする命知らずなどいるはずもない。


「ガルル」

「バウ」


 ほら、今日も鳥居の奥では危険な戦いの火蓋が切って落とされた。熊対猪の熱い戦いである。


「ガウ!」


 熊の繰り出した鋭い爪の攻撃を、サッと素早く猪が躱す。そして猪は体当たりしようと猪突猛進で突き進むが、その身体を熊は正面から受け止めた。

 押しては返し、返しては押すの繰り返し。どちらも引かないその攻防。食うか食われるかの生死を賭けた争いが激化してきた丁度その時……


「やあやあ、おはよう」


 のんびりとした声を響かせて一人の男性が二匹に近づいていく。

 いつからそこに居たのだろうか。赤茶色の長い髪の毛を後ろで一本に結い、黒と赤の和服に身を包んだ男。にこやかな笑顔で手を振りながら、獰猛な獣たちのすぐ前までやってくる。


「元気なのは結構なんだが、ここでの喧嘩は遠慮してくれんか? そろそろ朝食の時間なのだ」


 穏やかに微笑みながら語りかけるも、相手は獣。当然言葉は通じない。更に二匹は争いを無理矢理中断させられたのだ。かなり気が立っており、今にも男性に襲いかかりそうな雰囲気である。


「戦いの邪魔をしたことは悪かった、謝罪しよう。だが分かってくれるだろう?」


 男性はそんな気迫にも動じず、困ったように頭を掻いた。そして一歩足を踏み出す。すると同時に、グッと場の空気が重力を増した。息を吸うことさえも憚られるその威圧感。目の前の存在に逆らってはいけない。二匹は本能でそれを感じとった。


「なぁ?」


 もう一歩、足を踏み出した男性の圧に耐えられず、二匹は我先にと一目散に逃げ出した。


「ほほほ、ありがとう。分かってくれて嬉しいぞ」


 逃げていく背中に、コロコロと笑い声を響かせて、目的を果たした当の本人は満足げ。クルリと向きを変え、歩き出す。彼の足が向く先には……いつからそこにあっただろうか、一軒の家が。青色の瓦屋根、暖かな日差し降り注ぐ縁側。のんびりとしたのどかな空気感のその場所へ、歩みを進めていく。しかし……


「ハ、ハックシュン!」


 鼻がむず痒かったのか、バフッと豪快な音を響かせながら、クシャミをした男性。それと共に口から炎が飛び出て、辺りの落ち葉がチリリと燃えた。


「ほほ、最近寒くなってきたなぁ」


 ズビッと鼻を鳴らしながら、火事にならないよう落ち葉を踏みしめ完全に消火。再びのんびりとした足取りで家へと歩を進める。


「奈央! 朝飯できたぞ」

「あいあい、今行く」


 家から響いた元気な声に応え、再び歩を進め始める奈央と呼ばれた男性。


 ここは銀杏色付く山の中。鳥居の先に進んではいけないという、不気味な言い伝えと濃霧のために足を踏み入れる人は居ない、そんな山の奥の奥。そこには一軒の家がある。


「今日のご飯は何かなぁ」


 その家では四人……いえ、人間に擬態した四匹のドラゴンたちが賑やかに生活を営んでいた。これからお話するのはそんな彼らの日常を綴った物語。

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