9/2「パンデミック」「もう死んでいる」「牛」 条件:登場人物全員老人
「いつか会いに来てね」
俺は孫の言葉を繰り返しながら、冬の夜空に飛び立つロケットを眺める。炎の尾を引いて飛び立っていく人類たち。その光に負けないぐらい、月が大きく輝いていた。今にも地球に衝突しそうな衛星は三十年ぐらい前、俺らがばりばり働いていた頃の戦争のせいだ。
宇宙開発を巡っての争い。巻き込む人間が少ないからと言う理由で大量破壊兵器が使われた空の上の戦争は地球の周りを回っていた衛星に大きな影響を与えた。
月の裏側をそっと押した衝撃。けれど年々近づく月に、まず海の満ち引きが代わり、季節が狂い、新しい病気がパンデミックした。
その戦争に大きく関わった俺らの世代はバッシングを受け、負の世代として全責任を求めてきた。今考えればおかしな話だと想うが、あのときはそれぐらいの混乱具合で、俺たちもありもしない責任をどこか感じていた。
そして人類は宇宙での移住先を見つけ、俺たち世代に地球の管理を押しつけていった。
俺の息子夫婦や孫も俺を残して行ってしまった。
「いつか会いに来てね、か」
孫の言葉を反芻しながら静かに夜空を見上げる。もうロケットの姿はない。燦々と輝く月がただあるだけだった。
隣にいる牛が低く鳴く。こいつも残されたのかと俺は顎を軽くなでた。もう一度低く鳴く。
鹿児島の端から見る種子島宇宙センターはさっきまでの慌ただしさは嘘のように静かに凪いでいた。
まるで負のレッテルを貼られ、熱量も若さも失った俺たちのようだった。
「いつか会いに来てね」
「そんなの無理じゃよ」
久々に発した声が年相応のしゃがれ声で、気分は静かに落ち込んでいく。俺はため息をついて、宇宙センターに背を向けた。
そこには空飛ぶ円盤と、地面に転がる牛がいた。
「は?」
思わず疑問の声が出る。驚きに弾んだ声は少しだけみずみずしさを取り戻している。
ユーフォーは直線的な線を描いて、空に消えていく。フィクションでしか見たことない光景に、声を失っていると、隣の牛がかけだした。慌てて追いかける。
地面に倒れる牛を牛が頭でつついていた。地面に倒れるそいつは腹が不自然にへこんでいて、まるで中にあるはずの内臓がないように見えた。
キャトルミューティレーション。
頭にふと浮かんだ言葉。わかりやすく回転する空飛ぶ円盤も、内臓を無くした牛も意味がわからなくて、俺は空を見上げた。
ついに現実も狂ってしまったのか。
倫理観の欠落した責任感の押し付け合い、その先の地球脱出、どれもこれも馬鹿らしくて笑ってしまいそうになる。
牛が地面の牛を頭でつついている。俺はそっと彼の首に手を回した。
「やめな、もう死んでいる」
そんな俺の言葉をあざ笑うかのように牛がぴょんと立ち上がった。腹はぶらりと皮だけ揺らす。驚いて尻餅をついた俺に鼻を鳴らしてから、もう一匹の牛と共に背中を向けた。
「……なんだってんだよ」
牛のあきれるような目を思い出す。もう何もかもめちゃくちゃだ。
「いけるのかもしれないな」
孫の言葉を思い出す。「いつか会いに来てね」
何もかもがめちゃくちゃな世界。なら、俺が想っていることももしかしたら簡単に崩せるのかもしれない。
責任も、老いも、熱量も。
ふと手が暖かくなる。何十年ぶりかわからない感覚のまま、俺は大きく手をあげた。
「いつか行ってやるぞー」
俺は老人しかいない国の空に向かって叫んだ。
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