7/22 お題:原初の悪、毒、ログイン、8つ目の大罪、シャー・ジャハーン、一太郎、ピンポン玉
彼女との卓球は毒だ。
ピンポン球を追い、ラケットで打ち返す。その向こう側で彼女がらラケットを振っていた。
なびく黒髪と振り切る白い腕。彼女のスマッシュが僕の隣を打ち抜いて、資料室の壁に当たった。
軽い音を背中で聞きながら彼女を見つめる。恥ずかしそうにドヤ顔をしていた。
僕の胸がぐわりと揺れる。彼女の細い腕に、その白さを目で追ってしまい、いつもスマッシュを許してしまうのだ。
彼女のかわいさは目に毒だ。
「くっ。これが原初の罪か」
「いや、多分色欲だと思います」
額に手を当てて呟くと、彼女が呆れたように返してくる。僕の告白を何度も断った声音にとても似ていてぐわぁと胸を押さえた。
「うぐぐ、これが8つ目の大罪」
「だから色欲ですって」
また彼女の呆れ声が振ってくる。けれど、二回目の声色は最初のそれよりも少しだけ笑いが含まれていた。
ここは卓球部が廃部になりうち捨てられた資料室。十年ぐらい前はインターハイにもいった卓球部だったが、時代の流れには逆らえず、部員の消滅とともに消え失せたらしい。
そして僕らがホコリを被った卓球台とラケットを見つけて遊んでいるという訳だ。
「にしても、疲れた疲れた」
彼女は卓球台にラケットを置いて、首を振った。両手を頭にかけて、髪をかき上げる。軽くまとめてから、口にくわえていたゴムを通した。
うなじの白さに、数ヶ月前見たタージマハールを思い出す。人ひとりいない観光地で見たつるりとした宮殿。壁を背に隣に座ってきた彼女の首筋が重なった。
目を閉じて、自分の胸に手を当てる。ゆっくりと深呼吸した。
「タージマハルはシャー・ジャハーンが建てた仏教のすごいところで」
「またよく分からないことを言い始めた」
彼女の言葉がまた軽く乾いていた。
僕がぶつぶつとタージマハルの雑学を呟いていると、隣からピロリンと電子音が鳴る。彼女に顔を向けると、板状の端末を操作していた。
そしていつもの警告音が鳴り響いた。
「あーここでもだめか」
いつものようにログインパスワードを入れて、弾かれたのだろう。のぞき込むと赤文字のエラーメッセージが出ていた。
”通信環境が見つかりません”
「ここなら行けると思ったのに」
彼女は悔しそうに画面を叩いてカバンに仕舞う。その横に置かれたセカンドバックに手を伸ばした。
そして缶詰を取り出した。慣れた手つきで、缶詰の蓋を開ける。
そのラベルに書かれた”一太郎”を眺めながら、原料はなんだろうと何度目かの疑問を抱いた。
人口が少しずつ減って衰退をし始めた世界。そして僕が彼女に告白したあの日、僕らふたりを残して、全人類が消えた。
世界遺産のタージマハルにも、かつては栄えていた卓球部にも人はいなくて、それでも僕らは人類を探している。
「学校なら通信環境生きているかなと思ったんだけどな」
「メンテされていなかったら、そりゃだめでしょう」
僕もカバンから缶詰を取り出す。何の具材かも分からない肉を食べながらちらりと彼女を見つめる。
悔しそうに頬を膨らませながら頬張る彼女。また胸がドキリと跳ねる。
そしてふと思う。
あの日、人類が消えた日。僕は彼女にフラれた。
けれど、人類がいなくなり、なし崩し的に協力するようになった。
きっと世界がこんなにならなければ、彼女の隣に並んでいられなかったのだろう。
また暗くじっとりとした想いが胸に渦巻く。
僕はやっぱり滅んでくれて嬉しいと思っているのだ。
彼女への想いが強いほどに浮かび上がるどす黒い感情。
きっとこれは僕の原初の罪だ。
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