三題噺RTA【配信中にお題を決めて書くやつ】
書三代ガクト
7/15 縛り:夏の暑さを「暑い」という言葉を使わずに表現 お題:ばなな、不動のゴンザレス、激突、なおきしょう
原稿用紙に目を落としている彼女。ピクリとも動かない後輩を前に、僕はばななジュースをちゅるりと吸った。学食の隣にある自販機。学内で唯一ブリックパックを売っていて、そこでの一番人気がばななジュースだった。
いつもは売り切れているような黄色のパッケージ。けれど今日は残っていた。お昼頃まで厚い雲が空を覆っていたせいかもしれない。
僕は背もたれに寄りかかって、見上げるように窓を見つめる。反転した空の向こうは絵の具をぶちまけたような青をしていた。放課後だというのに、強い日差しは衰える気配もなく、校庭を照らしている。
校庭で走っている陸上部に目を向けて、僕は元の姿勢に戻った。そして嬉々として買い、文藝部室に持ってきたジュースに口をつける。まだ冷たいそれをちゅるりと啜る。梅雨が明けた七月の部室にはちょうど良い冷たさだ。
額に浮かんだ汗をワイシャツの袖で拭く。ふうと息を吐き出して、机の正面に座っている彼女に視線を戻した。
原稿用紙を見つめて動かない彼女。野暮ったい黒髪が彼女の表情を隠していた。その文字をにらんでいるのか、なぞっているのか、それとも目を閉じているのかは分からない。
そんな彼女の姿からついたあだ名は「不動のゴンザレス」
僕はまたジュースに口をつける。僕が握っていたジュースは少しだけ生ぬるくなっていた。ずずっと最後まで飲んでから、ブリックパックを潰して机に置いた。
それと同時に彼女は動き出す。不動のゴンザレス。”不動の”と付く理由は普段はすごく動くから。
ゴンザレス。なかなか強いあだ名だ。彼女はその名の通り、万年筆をサッと振り上げて、原稿用紙に下ろした。そこからはもう止まらない。頭をヘドバンのように振り回しながら筆を走らせていく。髪で隠れていた白い頬を覗かせながら、丸メガネの向こうから原稿用紙に鋭い目を向けていた。
少し蒸すような部室で彼女を中心に風が発生していた。留まって熱せられていた空気が舞う原稿用紙と一緒に、かき混ぜられていく。
さあっと頬を撫でていく風に目を見開く。そして頬が上がるのを感じながらゆっくりと目を閉じた。
うだるような、不快な空気を吹き飛ばしていくような風。
ああ、やっぱり好きだ。
そうして風は唐突にやんだ。目を開けると、肩で息をする彼女と視線が合った。メガネの向こうで恥ずかしそうに目を泳がせた。
僕は静かに彼女の周りに散らばった原稿用紙を拾う。猛スピードでかかれたのに丁寧な文字。彼女を一瞥すると肩を小さくしていた。
ゴンザレス。烈火のような彼女の執筆姿につけられたあだ名。それなのに普段の姿は内気な文学少女。
ああ、やっぱり好きだ。
いつもこの一文にまとまっちゃうんだよなぁと苦笑しながら原稿用紙を集めた。ページ順に並べ直して、最後の一枚を確認する。
「三百?」
「そう、三百」
相変わらずあの短時間で書き上げたのかと、驚きながら席に戻る。そして原稿用紙を整えて、一枚目に目を落とした。
そしてまた風が吹き荒れた。
僕が顔を上げると、部室の色が変わっていた。蛍光灯に切り替わったのだと気付いて、窓の外が夜なことに気付く、
暴風のごとく小説を書き上げる彼女の作品。それは読者も暴風のように作品世界に引き釣り込む。
顔を上げると、彼女と視線が衝突した。奥手ながら感想を待つ強い目。
熱帯夜の空気が頬を撫でる。吹き出そうとする汗を抑え込むような湿度に、僕はまたワイシャツの袖で額を拭いた。
彼女の鋭い視線。まとわりつくような空気にゴクリとつばを飲む。
「なおきしょう」
そうして出てきた言葉は非常に簡素なものだった。いや、本当に世界に引き込まれるんだとか、勢いのある作品ですべてを吹き飛ばすような心地よさが最高だと、言いたいことはいろいろある。
けれど、彼女は静かに笑った。
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