第4話 涙のカツ丼

 これは、私がスーパーのお惣菜売り場(デリカ)で働いていた時のお話。

 ある夕方、課長(30代、女性、独身)から、急に「今からカツ丼20個作って」と言われた終業時間の5時までもう20分をきっていた。課長の声はとんがっている。無理を承知でわざと言っている。

 

 課長はそう言い残して、店長のところに行った。

 

 今思えば「無理です。間に合いません」と言えばよかったと思う。でも、その頃の私は、言われたらやるしかないと思っていたので無理を承知で、カツ丼を作り始めた。

 

 2つの鍋で、同時に、カツを卵でとじて、トレイに入ったご飯の上に乗せる。仕上げに三つ葉を乗せてできあがり。カツを卵でとじる、ご飯に乗せる、三つ葉を散らす、カツを卵でとじる、ごはんに乗せる、三つ葉を散らす……無心でこの作業を自分的には最速でやった。頭の中にはロッキーのテーマが流れていた。やればできる、やればできる、やればできるんだあ~エイドリア~ン。

 

 すべての作業が終わった時、なんと、まだ終業時間5分前だった。やった、できた、興奮冷めやらぬ私の元に、ちょうど、課長が帰ってきた。

 

 「できました」と報告する私に、課長の口から出たのは次の言葉だった。

 「なに、この三つ葉。なんて雑な乗せ方なの。ただ、乗せればいいと思っているでしょう。誰も気が付かないから、適当にすればいいやと思って作ったんでしょう。そんな意識だから、○○さんはダメなのよ。意識が低いのよ。そんなだから、離婚されるのよ」

 課長はものすごく怒っていて、私はあっけにとられて、ただ、言葉もなく、自分の中で何かが音を立てて崩れていくのを感じた。

 

 今思えば、課長は、たぶん店長から、いろいろ厳しいことを言われてきたんだろう。それでイライラして私に八つ当たりしたんだろう。今の私なら「今日は機嫌が悪いなあ」と家に帰って冷た~く冷やしたビールでも飲んですませたかもしれない。

 

 でも、あの時の私はそんな風に流せず、もともと向いていないと思っていた仕事だけど、頑張ってみたのに、そこまで言われたら、もう無理だと、限界を感じて、このことがきっかけで辞めることになってしまった。

 

 これから、こういう人と働くことになったら、何を言おうと気にしないようにしたいと思う。

 

 読んでいただきありがとうございました。

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