6章:その向こうへ
12月を迎えた。俺は、何社か受けた、面接の結果が返ってくる月であり、安野にとっては、今までの集大成となる月であった。
12月中旬、安野はオーディションの日を迎えた。
俺は、安野にNINEを送った。
:金子昌弥
「安野ならきっと大丈夫。頑張ってこいよ。」
少し経つと、安野からNINEが来た。
:安野
「やばい、人身事故で電車止まってる・・・」
「このままじゃ間に合わない・・・」
:金子昌弥
「アパートで待ってて、迎え行く。」
「ほんとにごめん。ありがとう。」
そう言った俺は、すぐに家を後にし、原付バイクを安野のアパートへ走らせた。
かなり飛ばして向かったので、普段なら10分かかるところを、5分で到着することができた。
アパートに着いた時には、安野は外で不安そうな顔をし、一人立っていた。
「安野!乗って!」
そう言って、駆け寄ってきた安野にヘルメットをかぶらせ、オーディション会場へ原付を走らせた。
・・・
信号待ちの時だった。
「ねぇ、最後の練習付き合ってくれる?」
「いいよ。」
「私ね、あなたのこと大好きです!」
一瞬時が止まったように思えた。
この一言が、あくまで台詞とわかっていながら、俺はなぜか緊張を隠せなくなった。
そして、安野は続けた。
「あなたは、いつも私に勇気をくれました。私は、あなたのおかげで、ここまで頑張ってこれました。ありがとう!」
このとき俺は、まさかあの言葉が自分に向けられたものだとも思わず、これが自分に向けられた言葉ならばどれだけ良かっただろうかなんて思っていた。
そして俺は、安野に返した。
「安野!安野なら絶対受かる!頑張れよ!」
その言葉を聞いて、安野は少しほっとしたようにしていたのが伝わってきた。
そして、原付を運転する俺にぎゅっと抱きついてきた。
そうこうしているうちに、オーディション会場に到着した。
「カネゴン、ありがとう。」
「間に合って良かった。頑張って来いよ!」
「絶対受かって帰る!」
原付を降りた安野は手を振りながら、会場へ走って行った。
その日の晩、安野からNINEがきた。
:安野
「今日は送ってくれてありがとう。」
「これでもうやり残したことはない!」
「来週結果出るからそれまでは待つだけだ!」
:金子昌弥
「お疲れさん。良かった。」
「結果出るの来週ってことは、俺の就活の結果と同じ時に出るんだね。」
「一緒に祝いたいね!」
:安野
「うん!」
・・・
お互い、様々な思いを抱えたまま、一週間がたった。
朝、目が覚め、ポストを確認すると、封筒が3つ入っていた。
すべて、面接を受けた企業からの結果だと悟った。
一社目:不採用
二社目:不採用
・・・
もう嫌な予感しかしない。そう思いながら、封筒を開ける。
三社目:採用
「やった・・・」
スタートの遅れた就活だったが、頑張ってきてよかった。
採用してもらうことができた。
安野にすぐにNINEした。
:金子昌弥
「一社だけだったけど、内定もらえた!」
:安野
「そっか!おめでとう。」
「私はダメだったみたい・・・」
俺どう返していいかわからず気づいたときには体は安野のアパートへ向かっていた。
安野のアパートに着き、インターホンを押す。安野が出てきた。
「ど、どうしたの・・・」
「いや、安野が心配で・・・」
「私なら大丈夫。」
「大丈夫なわけないだろ。今ぐらい強がってないでいいよ。」
すると安野は泣きながら、俺の体をたたきながら言った。
「私の今までの時間は何だったの?」
「なんであんなに頑張ってきたのに受からないの?」
「ねぇどうして、ねぇどうして・・・」
泣きながら俺をたたく安野を俺はとっさに抱きしめ言った。
「安野は頑張った。安野ほど頑張ったやつはいないよ。」
安野は大声を上げながら俺の腕の中で泣いた。
泣き止んだ時には目の周りを真っ赤に腫らしていた。
「こんなブサイクな顔じろじろ見つめないで恥ずかしいから・・・」
「そんなことないよ。」
「そんなことあるのー」
「なぁ安野、こんなタイミングで言うのもずるいけど、俺、安野のこと好きだったんだ。」
「ずるいよ、カネゴン。本当はオーディション受かってたら私から言おうと思ってたのに。」
「え、本気?」
「うん。オーディション会場まで送ってもらってた時に言ったのあれカネゴンに向けて言ったつもりだったんだけどな・・・」
「ごめん。全然気づかなかった。」
安野は顔を赤くし、恥ずかしそうにしていた。
そして、二人は顔を見つめキスを交わした。
二人は友人を越え、その向こうへたどり着いた。
「昌弥、私、昌弥のことずっと気になってて、一緒に過ごす時間が増えるたびどんどん好きになってた。」
名前で呼ばれ、なんだかとても恥ずかしくなった。
「これからは私のこと栞って呼んでよ~」
「し、しおり、俺だって、栞に救われた。栞がいなかったら、ただの引きこもりニートとして、人生終わってたかもしれなかった。」
「ううん。自分を変えようと頑張った昌弥がエラいんだよ!」
「じゃー昌弥、今から昌弥の内定おめでとう会と、私の残念会と称してご飯いこ!」
「安野・・じゃなくて栞がいいなら。」
「うん!」
こうして二人は、夕日に吸い込まれるように走って行く阪急に乗り、梅田駅へと向かっていくのだった。
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