3章:抱えているもの
俺と、安野はあの外食をした日を境に、NINEで頻繁にやりとりをするようになった。
今度ご飯に行く約束までした。
逆に、バイト先では話す機会は激減した。
安野が気を遣ってるのかわからないが、とにかく話しかけられない。
・・・
・・・
6月に入り、梅雨を迎えた頃、安野と急遽ご飯に行くことになった。20:00に漢大前駅集合とNINEが来ていた。
・・・
時刻通りに駅に着くと、安野はすでに到着しており、両耳にイヤホンをつけ、スマホを眺めながら壁にもたれながら待っていた。安野に声をかけに行くと、その隣には大学時代同じサークルだった
「おせーじゃんマサ!久しぶり~」
騒音レベルのでかい声で話しかけてきたのは智也だった。
「あっカネゴン3分遅刻だよー」
それに続いて安野が両耳のイヤホンを外し、迫ってきた。
「すまん、すまん。つーか、なんで智也がいるの?」
「私が誘ったんだよカネゴン。」
合流した三人は駅周辺の焼き鳥店に入り、とりあえずビールを注文した。
ビールが席に届くなり、即座にジョッキを握り、
「乾杯!」
と智也が声をかけた。
それにつられ俺と安野も
「乾杯ー」
とかけ声にのり、ビールを喉に流し込んだ。
「最近二人とも元気だった?」
智也が問いかけた。
「私たちは元気だよ。ね、カネゴン?」
「あ、あぁ。」
「智也はさー最近どうなの?すっかり有名人になっちゃって。」
「俺ならなんとかやってるよ。」
そう。菅野智也。
彼は漢城大学商学部卒業後、アパレル関係の企業を起業し、今や誰もが知るあのZoomTOWNの経営者だ。
「ほんとに智也はすごいよな」
「そんなことないよ。」
その後、酒とともに会話は弾んでいき、あっという間に2時間が過ぎた。
「そしたら、俺事務所行かないといけないから抜けるなー。また機会あったら気軽に誘ってくれよ。あと、お二人さんはごゆっくり~。」
そう智也は言い残し、万券を5枚伝票に挟み帰って行った。
「あいつほんとに心もイケメンだな・・・」
「うん。」
・・・
その後も二人は飲みながらいろいろな話をした。
「ねぇーカネゴン、明日予定ある?」
「時にないけど、なんで?」
「いや、カネゴン終電逃しちゃったぽいんだけど・・・」
慌てて時計を見ると、2:00をまわっていた。
「やばい、帰れん・・・」
「今日私のアパート泊まってく?」
一瞬何を言っているのかわからなかった。
「だーかーらー私のとこ泊まってきなよ。」
「いやいやいやいや、それはまずいって・・・」
「私がいいって言ってるんだからいいの!」
そう言われ安野の部屋までつれてかれた。
彼女の部屋に入ったが、物はとても整理されており、清潔感のある部屋になっていた。
女の子の部屋に始めて入る俺は、緊張しながらも、居心地のいい安野の部屋の雰囲気と、酔った勢いに任せ心を落ち着かせた。
落ち着いていられるのも、つかの間であった。
「シャワー浴びてくるけど覗かないでね」
「の、覗くわけないじゃん・・・」
大学時代の片思いの相手の部屋に二人きり。酔いがさめてくるにつれ今の状況にとてつもなく恥ずかしくなり、鼓動が小刻みになっていった。よくよく考えたら、本当にやばい状況。
しばらくすると、安野がパジャマ姿で風呂場から出てきた。その姿は今まで見てきたどの女優や、モデルよりもかわいく見えた。
「カネゴン布団敷くからちょっと待ってよー」
「あ、ありがとう。」
さすがに一つのベッドで添い寝することはなかったようだ。
ほっとしたような残念な気持ちで、安野が敷いてくれた布団に横たわる。
安野も電気を消し、ベッドに横たわった。
「ねぇ、カネゴンは何で私がバイトしかしてないか聞かないの?」
いきなりの彼女の発言に驚いた俺は、3秒くらい考え、
「そういうのって聞いちゃいけない気がしてさ・・・」
「まぁ聞きづらいか。」
「そうだよ。」
「じゃあ私から話していい?」
「私の話聞いてくれる?」
「べ、別にいいけど・・・」
「私ね実は大学時代から声優目指してたんだ。」
それは、俺には初耳の情報だった。
「それでねー、養成所通いながら何回もオーディション受けてきたの。」
「脇役は何個かさせてもらったんだけど、主役は全部ダメだった。」
途端に声が震えだし、鼻をすすりながらまだ話を続けた。
「でね、今年を自分の中で最後のチャンスにして、今年ダメなら諦めようって思ってたところなの。」
「だから今は、バイトしかしてない。」
「ほんとに人生って思い通りにならないよね。」
部屋は暗く、はっきりとは見えなかったが、話し終えた安野は泣いていた。
その涙を見て、なんだか自分がとても惨めに感じた。
同時に、安野が自分の抱えているものを打ち明けてくれたことが素直にうれしかった。
「・・・」
「まぁ俺にできることあれば何でも言ってな。」
「ありがとうカネゴン。」
「じゃあおやすみ。」
「おやすみ。また話し聞いてもらったり、練習付き合ってもらったりするからね。」
二人はそう言って眠りについた。
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