ペンステモン
その日のレイトショーには、私の他には年配のご婦人ひとりしかいなかった。往年の名作とは言え、今では一部のマニアの口にしかのぼらなくなってしまった白黒映画だから、仕方のないことかもしれない。
当時、巷間を騒がせた美しい女優が、スクリーンの中央で長台詞を述べる。外見だけでなく、その声もまた美しい。外に開かれた声、という感じがする。
「あなた、あの女優をご存知。私、彼女のいちばんのフアンですのよ」
隣に座るご婦人が、私に尋ねた。他に観客もいないし、もう何度も見た映画だから、少しくらい世間話に付き合ってもいいかと思った。
「ええ、存じ上げておりますよ。この作品含め、彼女の出演作は全て、何度も観ているんです」
「そう」
ご婦人は満足げに頷き、また尋ねた。
「あの女優の、どこがお好きなの」
「もちろん、演技も好きですが……やはり、一番は美しさでしょうかね」
「あら」
「ほら、この延々とひとりで喋り続けるシーン、これなんか、彼女の美の極致を捉えていると思うんですよ」
スクリーンの中、女優は長煙管で煙草を吸っている。その指の動かし方、視線のひとつまでが、計算され尽くしたようでいて、あくまで無邪気な美を湛えている。
「私は、彼女に見とれるために、彼女の作品を観ているんです」
映画作品というものの見方としては恐らく良くない部類に入るであろう私の回答に、しかしご婦人は微笑んだ。スクリーンに大写しになった、女優の輝く笑みに、それはよく似ていた。
それからはもう、私も彼女も、ひとことも発さなかった。ただ静かに、スクリーンに視線を注ぎ続けた。
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