ツユクサ

 久々に会いにきた娘と、施設の周りを散歩した。よく晴れた日で、花や木の鮮やかな色合いが目に染みた。車椅子を押してくれる娘の声は、雨粒のように、頭上から降ってきた。なんだかやけに懐かしい気がして、その気持ちの正体を、頭の中でぐるぐると考えていた。

「なんだかこうしてると、懐かしい気がするね」

 娘の声が、私の耳元で跳ねる。私と同じ温度を感じ、首を捻って娘の顔を仰いだ。

「奇遇だな、おれもそう思ってた」

「父さんも?」

 娘が面白そうに笑う横を、顔馴染みの施設利用者が通り過ぎた。その姿を見て、ようやく気がついた。常日頃、電動車椅子を使っているから、こうやって誰かに押してもらうこと自体が久しぶりなのだ。たまに誰かが来ても、部屋で話すことが多くて、こうして誰かとともに歩くということは滅多にない。

 施設職員の負担を減らしたいとか、自分で出来ることを減らしたくないとか、思いは色々ある。でも、たまには人の手を借りるのも悪くない。

 ころころと笑う娘の声を肩に浴びながら、私も頰を緩めた。

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