ネジバナ

 私には、自分の思いがこんなにも捻れてしまうものだとは、思いもよらなかったんですよ。だって、恋って綺麗なものの筈でしょう。キラキラして、良い香りがして、宝石か花かと見まごうばかりの、素敵な感情の筈でしょう。それが、どうしてこんなに、どす黒いんです。

 あの人は美しい人です、それが悪いのです。あの人は優しい人です、それが悪いのです。あの人の良いところ、称賛すべきところ全てが、私の腹のなかをかき乱すのです。美しいあの人が誰かに笑いかける、優しいあの人が誰かに優しくする、それだけで私はもう、我慢ならんのです。

 いっそのこと、あの人が醜く、心根も汚れきっていてくれたら良かった。そして、私のことなんて気にもかけずいてくれれば良かった。そうすれば私の恋も、こんなにひどく黒ずむこともなかったでしょう。私の心がこんなにも捻れることもなかったでしょう。

 ですが全ては手遅れです。あの人は美しく優しく、私のことも気にかけてくれた。私の捻れた心は、それに耐えられなかった。

 だから、ねえ、お巡りさん。こうして素直に、出頭したんです。ほら、これが凶器です。あの人の美しさ、優しさを根本から断ち切った刃物です。美しい人は、血液の色さえ美しいんですねえ。私は今になって、そんなことさえ思えるようになりました。

 ああ。心の捻れが、黒ずみが、元に戻っていくのが分かるんです。あの人は、本当に罪な人でした。

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