オトギリソウ

「あの子は新月に産まれたから鬼の子なんだよ」

 転校初日、学校を案内してくれた親切な女子は、そんな言葉を口にした。あの子、というのは、教室の隅に黙って座る、長い髪の女子だった。

「キリさんは鬼の子。仲良くなったら食べられちゃうんだよ」

 いじめ、ではない。どうやら本気で言っているようだった。暫く様子を見ていると、本当に誰も、教師でさえも、キリさんを無視している。時代錯誤の迷信を、彼らは信じているのか。

 気になりつつも、その他のことで手一杯で、キリさんに話しかけるタイミングは掴めないまま、何日かが経った。新しい学校にも慣れてきて、楽しくなってきたある日、委員会の仕事で帰りが遅くなってしまった。月のない日で、ポツポツと長い間隔で灯る電灯が心許ない。急ぎ足で歩くうち、見覚えのある背中を見つけた。キリさんだ。これはチャンスだと思い、声をかけた。

「わ、びっくりした」

 振り向いて驚く彼女は、やっぱり普通の女の子だ。ほっとしつつ、学校のことや家のことなどを色々話しながら歩いた。楽しく言葉を交わしながら、なんだか身体が軽くなっていくような気がした。キリさんが歩く側から、どんどんと。

「今日は話しかけてくれてありがとう」

 キリさんが立ち止まり、ぼくも足を止める。今まで正面ばかり見て歩いていたので、彼女の顔を数百メートルぶりに、まともに見た。電灯に照らされたその口元は真っ赤に染まっている。

 え? 口、大丈夫?

 と言いたかったけれど、声が出なかった。自分の右半身が失われつつあることに、そのときようやく気がついた。視点が低くなって歩きづらくなったと感じたのは、気のせいではなかった。

「美味しかったよ。御馳走様」

 途絶えていく意識の中で、学校を案内してくれた女子の言葉を思い出した。人の言葉はちゃんと信じなきゃだめだな、と最期に思った。

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