クラスペディア

 その扉は、固く閉ざされていた。一見、軽く開きそうな薄い色の扉は、いくら押しても引いても、びくともしない。扉の把手は一面にびっしりついていて、そのどれもに、違う形の鍵穴がある。私の手の中には数個の鍵が付いた鍵束があるが、見たところ、鍵穴の数の方が遥かに多い。私は途方に暮れて、辺りの地面に目を落とす。

 私には、この扉を無視するという選択肢もある。世界には沢山の扉があり、どれに近づこうが、開けようと試みようが、自由なのだ。中にはいつでも開いていて、誰のことも拒まない扉もある。そういう扉はやはり人気があって、多くの人が楽しげに出入りしているのを見かける。私も、これまでの決して短くはない道行の中で、何度かそういう扉の内側に入ったことがある。そういう部屋は扉などただの飾りで、中には色々な人がいた。快適に過ごして気分良く去っていく人、信じられない狼藉を働く人、すっかり落ち着いて安住してしまう人。そういう部屋は広く、落ち着いていて、中でどんなことが起きようとも、決して乱れることはない。私はそういう部屋を羨ましく思いながら、また扉をくぐって外に出る。道行は、そういうことの繰り返しだ。

 だから、この扉に固執する必要はないはずだった。現に、多くの人はこの扉に目もくれず、もっと大きくどっしりした、さぞかし大きな部屋に続くのだろうと思われる扉を目指している。私も、先ほどまではそうするつもりだった。

 でも、妙に、この扉が気になるのだった。それは何か、私の部屋と似たところがあるのではないかと思える雰囲気があるからかもしれなかった。

 しかし、押しても引いても開かない。私の手持ちの鍵では、全ての錠を開くことは出来ない。

 だから、私は右手を上げて、静かにノックした。この部屋に興味があるのです、入らせてもらえないまでも、少しだけ、扉を開けてはもらえませんか。そんな思いを込めたノックだった。

 暫く待って、やはりダメかと肩を落としたとき、そっと、扉が開く音がした。

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