シモツケ
「そこに立って。背筋を伸ばして。顎を引いて」
朗らかな挨拶を交わした直後、そんな指示を飛ばしてくるのが彼女の彼女らしいところだ。ぼくは慌てて彼女の部屋の観葉植物の隣に立ち、壁と並行に背筋を伸ばして顎を引く。
彼女は眼鏡の奥からぼくの姿勢を確認し、ひとつ頷く。
「それじゃあ今日の予定を挙げていって」
「まず初めに軽い昼食をとりに、ファストフード店へ入る。そこで三十分ほど歓談してから、君の行きたい美術館へ行く。たっぷり一時間半ほどそこで過ごしたら、併設されている喫茶店で小一時間ほど感想を語り合う。そのあと、ぼくの行きたい家具屋に行って、……」
「なんで止まったの?」
責めるという風ではなく、ただ単に不思議そうに、彼女は首を傾げる。ぼくは飲み込んだ言葉を再び出すべきか迷いながら、目を逸らす。
「ちゃんとこっち見て」
「あ、はい」
軽く顔を掴まれて、ぼくは彼女の目をまっすぐ見た。いつも通りに可愛くて冷静な顔に、迷っていた言葉が簡単に出てしまう。
「ぼくの行きたい家具屋に行って、一緒に家具を選ぶ」
ああ、言ってしまった。恥ずかしくて言いたくなかったのに。
彼女はちょっとの間黙って、それからニコッと笑った。
「良い予定。……っと、しっかり立って」
思わずふらついたぼくの身体を、彼女は固定するように止めた。慌てて姿勢を正したぼくの頬に、その唇が押し当てられる。一瞬で身体を離し、彼女は言う。
「良い一日にしましょう」
「……ふぁい」
しっかり返事して、と笑われながら、良い一日が始まった。
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